呪われた屋敷の中で

客室に戻る頃には、時計の針は13時を指していた。

長女はあの後、別室に運ばれたようだったが、具体的にどこに運ばれたのか確認出来ていなかった。戻ってきてから少女は一歩もこの部屋から出れていないからだ。見に行こうとしても足がすくんでしまって、動くことが出来ない。少女の心は今にもボキリと折れる寸前だった。青年も少女のことが心配なのか、ずっと隣に寄り添っていた。

これまで、この洋館で誰かが死んでいくたびに部屋が墓地へと変わっていくのを、少女はただ見ていることしか出来なかった。

その事実が少女を深く貫いている。

まだ、昼間だ。今日が終わるまで、あと数時間も残っている。

いつになったらこの地獄が終わるのだろうと、心から思わずにはいられなかった。

少女と青年は、昨夜と同じようにソファに座り込んでいる。少女は、今日立て続けに起きた悲劇を思い出していた。本棚に潰れて苦しむ主人の姿と、目から血の涙を流して息絶えた長女の姿が目にこびりついて離れない。もう少し早く動けてたら助かる命だった。助けられなかった。何故。どうしてと、答えのない自問自答を繰り返していた。疲れ切った少女の心は、どんどんと悪い方向へと思考が傾いていってしまいそうになる。

そしてその思考は、辿り着くところまでついてしまった。


「ここにこなければよかったのかな」と、あきらめにも似た言葉を口にする。

ここにくることさえなければ、こんな悲劇を見ることもなかったのに。どうしてこんな地獄に踏み込んでしまったのだろう。普通に日常を過ごしていればよかった。そんな後悔を感じた直後に、少女の思考は手ではたかれたような衝撃が走った。自分で口走った言葉に少女は茫然していたからだ。ここにきたいと言ったのは誰だった?自分だ。他ならぬ少女自身だ。両親の思い出を手繰り寄せたくて、この洋館に足を踏み入れたのに、何が「こんな悲劇」だというのか。この洋館で暮らしている人だって、こんなことになるとは思っていなかった。ましてや、大切な人が立て続けに亡くなるなんて、こんなことが!後ろ向きに考えては駄目だと、少女は自分の頬を強く強く引っ張った。死に引っ張られないように、洋館の死に取り込まれないように。リアルに感じる痛みが少女の頭をクリアにしていく。

もっともっと、考えるべきことがあるはずだ。長女の言葉を思い出していた。長女は、この一族は昔は魔術を管理する一族だと言っていた。

魔術、あまりにも荒唐無稽だが、考えると確かに納得しそうになる。

こんなに立て続けに人が死んでいくなんて、何かしらの原因がない限り不自然だ。

そもそも。

この洋館自体、外側と内側でまるで世界が違っているじゃあないか。

外だけ見れば誰も住めないような廃墟だったというのに、中に入れば人の生活感が強く感じられる豪華絢爛な内装に変わっていた。年代の認識の差異もそうだ。どんな魔術かはわからないけれど、不思議なことばかり起きている洋館だ。洋館自体に何かかけられていてもおかしくはなかった。

死ぬにしたって、ただ死ぬわけではない。末娘は、消えるように死んだと青年は言っていた。長女も、突然魔術をかけられたかのように発狂して死んでいった。奥方も、狙ったように手摺が壊れたと聞いている。主人は、どうだっただろうか?

少女は、青年の方へと顔を向ける。青年は少女の顔を確かめると「大丈夫ですか?突然頬ひっぱったりして驚きました。少し休んだ方がいいと思います」と心からの労わりの声をかけてくれた。青年から見て分かるほど、少女の顔は疲れていたのだろう。少女は「大丈夫だよ」と笑みを作り、ぐ、と両手を握った後少女は青年に訊ねた。

「おじさん、えっと……わたしが地下書庫にいってる間、何かわかったこと、あった……?」

青年はその言葉にしばらくどう言葉に出すか逡巡しているようだったが、しっかりと少女の顔を見て答えた。


「貴女たちが書庫に行っている間、俺たちはお父様の部屋を調べていました。こっそりと倒れた本棚と机の記憶を見ましたが…本棚が倒れるまで、お父様はずっと部屋で一人で過ごされていました。なので、誰かがお父様の部屋に侵入して、お父様を殺した、ということはありませんでした」その言葉には、何処か安堵が含まれていた。少女は「そっか…」と少女も僅かに安心する。少なくとも主人の死に関しては、誰も罪を犯してなどいなかった。ですが、と青年は言葉を挟んで話を続けた。「本棚は真新しく、何処かが壊れている様子もありませんでした。倒れた本棚は壁にぴったりとくっつくように設置されていたので、一人でに倒れるなんてことはありえないと思っています。まるで本棚が意志を持ったかのように、お父様に向けて倒れたようでした」


やっぱり、と少女は合点がいく。けれど、同時に疑問も浮かぶ。

一体、どんな魔術で、この洋館で暮らす人たちはこんな異様な状況に放り込まれてしまったのか。

少女が知る限り、思い当たるのはたったの一つしかない。

奥方の妹を救うために行ったとされる願いを叶える魔術。家族全員で行ったらしいその魔術の影響で、この洋館は呪われてしまったのではないかと。呪われているのは洋館だけではないだろう。

洋館で暮らしていた人たちも、皆一様に魔術の影響を受けているのかもしれない。

そしてそれは、きっと、おそらく__。


「おじさん、お姉さんが言ってたの。お母さんの妹を助けるために、魔術を使ったって……。どんな魔術か、知ってる?もしも知ってるなら、教えてほしいの。この洋館で起きた事件も、もしかしたらその魔術が原因かもしれないから……」


沈黙があった。

二人ともその静寂を破ることなく貫いていた。音の無い空間の中で、二人の意志は交差していく。

少女は青年の顔を見つめていた。少女の瞳には、強い覚悟が秘められている。知りたかった。この屋敷で何が起きたのか。

青年は俯いていたが、両手を強く強く握りしめた後、顔を上げ、少女の瞳をしっかりと受け止めた。青年は、美しい声で言葉を紡いだ。「家族写真を貰ったでしょう」それは、一見なんの関係のない内容に思えた。けど少女は大きく頷いて、荷物の奥にずっとしまってあった家族写真を取り出して、青年に見せた。青年はその写真を見て僅かに郷愁の色を宿した。最初に写真を見せた時と同じように。

青年は語る。昔話を子供に聞かせるような口調で、ゆっくりと声を紡ぐ。


「今まで、ずっと話すことを躊躇っていました。ですが、もう隠し続けることは出来ません。俺が知る限りのことはお話します。俺から見てもこの洋館は何処かおかしいと思う所はありました、それは、洋館や家族の事だけではありません」


そして続ける。

過去に散らばった思い出を、一つずつ、丁寧に拾い上げるような確かな声で


「嘘だと思ってくれて構いません」

「その家族写真を撮ったのは俺です。日付も間違いではありません」

「俺は1882年に生まれた人間です。この洋館で暮らす人たちは、少なくともこの屋敷の全員が1900年以前には生まれ……そして本来であるならば、1900年に死んでいるはずでした。彼女の病気を治すために魔術を使ってから、10日後の事です。俺は、その時に用があって洋館の外に居ました。……俺は家族の葬儀に出ましたから、葬儀の日のことをよく覚えています。ですから……どうして今、この現代に家族が蘇っているのか、俺にもわかりません。分からないのです。何故俺もこの姿でいるのかも……まだ、生きているのかもわからないのです」

「ああ、どこから話せばいいのでしょうか__」


青年の半生は、少女が思う以上に壮絶なものだった。

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