カモミールの花言葉

「美羽、春馬、帰ろ~。」

亜門は手持ちの通学バッグを背中で背負おうと、取手を肩に掛けながら言う。

美羽は教科書やノートをバッグに押し込んだ。

「俺、まだ作文書くから先に帰ってて。」

春馬の机には原稿用紙がある。

「春馬は真面目だな。」亜門の一言で朝の血液型占いが脳裏を過ぎった。

でも美羽には春馬の本当の気持ちが分かる気がした。

家に帰りたくないんだよね。

「じゃあ、先に帰ってるね。また明日。」

分かるから、無理して一緒に帰ってもらったりしない。

「おう。また明日。」

美羽は春馬の原稿用紙をちらっと見る。

《 僕は、別れを告げないことにした。》

という一文が目に入った。

なんの別れか気になる。ラブストーリーを書いているのか。

美羽と亜門は教室に春馬を残して帰ることにした。

「よく居残ったりするよね。」

亜門はスキップしながら美羽に言った。

「本当だよね。春馬は幼稚園の頃から真面目で。」

駄菓子屋の前で亜門と別れる。

「じゃあね。あっくん。」

「じゃあね。あとで。」

亜門が背中を向けたのを確認し、美羽も家に向かう。


♪~

メールの受信音が静かな部屋に大きく響く。

兄からだ。

《 夕飯買って行こうか?》

兄からこのメールが来るのは学校が終わった合図だ。

《 友達と今から食べに行くから大丈夫。》

そう返信して家を出ると駄菓子屋の前で待っている二人の声がここまで聞こえた。

美羽は家の鍵を閉めて二人の元へ走った。

「お待たせ。」

「全然待ってないよ。」

亜門がやけにニヤニヤしている。

「あっくん、どうかした?」

「美羽!春馬から嬉しい知らせがあります。」

春馬ではなく、亜門が盛り上がっている。

「実は、今年の夏季短期留学はなくなりました!」

春馬は嬉しそうに言う。

「えっ。嘘!?凄い。」

美羽は嬉しすぎて二人にハイタッチした。

「春馬のお母さんが行かなくていいって言ったの?」

「嘘でしょ。あの春馬のお母さんが?」

亜門も驚いていた。

どうやら亜門も春馬のお母さんから行かなくていいと言われたとは思っていなかったらしい。

実は、春馬は幼い頃から英才教育を受けさせられている。

両親は離婚していて春馬の母親は春馬の将来に期待している。

と、聞いたことがある。

小学生までは公立に通っていたが、中学からは母親に名の知れたレベルの高い高校に行く為、私立中学に受験しろと言われたが春馬は美羽と亜門を選んでくれた。

三人でずっと一緒にいたいと今まで母親の言いなりだった春馬が初めて母親に逆らった。

それをみた母親は毎年海外の夏季短期留学に行くことを交換条件に二人と同じ公立学校に行かせてくれた。

なので小学生以来、春馬との夏の思い出がない。

春馬が人見知りになってしまったのは厳しい家庭のせいもある。

そんな春馬の母親が留学に行かなくていいと言うのは信じられなかった。

「花火とか行こうよ!」

「いいじゃん!納涼祭!」

毎年亜門と二人で行っている近所のお祭りだ。

「あ、じゃあ俺からも一ついいすか?」

亜門が口を開いた。

「俺、7月31日のパラダイス祭りでソロダンスすることになった。」

亜門は小学生の頃からずっとダンスをやっている。

もともと人前に出るのが好きで、顔も整っているから彼にとても合っている。

亜門の冗談なのか、本当なのか定かではないが、小さなファンクラブがあると聞いたことがある。

ずっとソロでステージに立つことを目標に頑張っていた亜門がやっとソロステージに立てるというのだ。

「ずっと憧れていたソロステージでしょ?凄いじゃん。」

「ダンスね、才能あるって言ってもらえて。」

美羽は合流してから一歩も動いてないことに気づいた。

「てか、行かない?笑」

春馬が先頭を切るので亜門と二人で春馬の後ろを歩いた。


「じゃあ、俺は味噌ラーメンがいい。」

亜門はメニューに目を触れずに言った。

「私も味噌ラーメンと餃子。」

美羽はこのラーメン屋さんに見覚えがある気がした。

「春馬、なんでこのラーメン屋選んだの?」

「母さんが…ここいいって言うから。」

「マザコンか!」

亜門がそう言うと春馬は恥ずかしそうにそっぽを向いた。

「じゃあ、呼ぶよ。」

話を逸らすように春馬は呼び鈴を押した。

「ご注文は?」

若い女性の店員さんが言うと、亜門はわかりやすくデレデレしながら注文内容を伝えた。

「かしこまりました。」

女性店員は去って行った。

「あっくんあんな感じの人がタイプなんだ。」

「女性なら誰でもってことはないけどああいう可愛い人前にすると緊張するっていうか。」

「ちょっと分かる。」

春馬も話に入る。

「ちなみに今は誰が好きなの?」

気が向くとよく聞くことだ。

三人の中では隠し事はなし。という約束で毎回のように好きな人を暴露している。

「瑠奈ちゃん。」

「変わらねえな、亜門。」

「そんな変わるもんじゃないだろ。」

亜門は中学の頃から瑠奈が好きだ。

瑠奈は見た目も顔も性格も良くて、女子にも男子にも人気者。

それが表の顔だ。

そして瑠奈は春馬の隣の家で春馬とは母親同士も仲がいい。

「難波さんの家も俺と同じように厳しくて大変そうだよ。」

「あれ?はるくん?」

「難波さん。」

なんでここにいるのか。偶然じゃないことは私しか知らない。

春馬は亜門と瑠奈を交互に見る。

「愛紗ちゃんも。」

愛紗も一緒にいる。

「偶然ね。凄いわ、瑠奈。」

偶然…。

「難波さん、どうかした?」

瑠奈は亜門の前に立つと黙って下を向いた。

何を言う気なのか分からなかった。

「愛紗がね、花火大会来られなくなっちゃったの。ずっと神奈くんと仲良くなりたいと思ってたし。一緒に行ってほしいなって。」

そう言って瑠奈は亜門を見つめた。

「悪いけど明日は…。」

そのお祭りは、ここに来るとき三人で行こうと話していた花火大会だった。

「行ってあげろよ。」

戸惑う亜門の背中を押したのは春馬だった。

「えっ、でも…。」

それでも亜門は迷い続ける。

「いいから、行ってあげなよ。ね?」

正直、行ってほしくなかったが春馬にそう言われたからには美羽も首を縦に振るしかなかった。

「あっくん、いいよ。」

そうして美羽も亜門の背中を押した。

「じゃあ、はい。」

亜門は了解した。

「やった~!本当にありがとう。」

「良かったね!瑠奈。じゃあまた。」

「神奈くんあとでメールするね!」

瑠奈は嬉しそうに奥の座席に向かった。

「亜門ほんと凄いな。」

「いやあ、さすが俺だよな!てか、二人ほんとごめんな!」

「来年は絶対三人で行こ。なら許してあげる!」

「彼女ができても来年は二人と行く!」

話は恋バナに戻った。

「美羽は?」

春馬がいきなり言う。

「えっ。なにが?」

「好きな人。いないの?」

「なんで私?」

いつも恋にときめく亜門以外は聞かないため、いきなり話が回ってきてびっくりした。

「隠し事はなしだよ~。」

二人してそう言ってくる。

「いるんだ~。そりゃ美羽にも一人くらい好きな人いるよね~。」

亜門が確実に聞き出そうとしている。

美羽は言うことを決心した。

「永山先生。」

「おまたせしました。味噌ラーメンと餃子です。」

タイミングよく店員さんが来た。

店員さんはラーメンをテーブルに置くとあっさり行ってしまった。

「…で、美羽は永山が好きなの?」

「背が高くてかっこいいじゃん。」

「まあ…かっこいいけど。年の差。」

「軽く10はあるよね」

亜門と春馬が二人きりで話している。

「そういえば、花火大会って明後日なんだね。」

「それ思った。俺は美羽と二人で行くことになるけど美羽いいの?」

「私は全然いいよ。」

「二人共いい感じじゃないですか~。」

亜門は余計な口を挟む。

「てか、俺全然作文終わらない。」

亜門が急に言い出した。

「私もだ、やばい。」

「9月1日までだから大丈夫だよ。」

春馬が余裕の表情で言う。

「明日は学校、明後日は花火大会だから、明々後日の29日にうちで作文やらない?」

亜門が言う。

「私は全然いいよ。」

「俺、29日は無理。」

「なんか予定入ってるの?」

美羽は聞く。

「わからない。母親が、その日は開とけって。なんなのかは知らない。」

「そっか~春馬いなきゃ意味ないよね。30日ならいい?」

「それなら平気。」

そんなこんなで作文はパラダイス祭りの前日、30日になった。

「ごちそうさまでした。」


家に帰るともう22時を回っていた。

美羽はすぐにベッドに入った。

外ではセミが鳴いている。

この時期のセミは数が少ないのであまり耳障りじゃない。

セミの鳴き声に吸い込まれるように美羽は眠りについた。




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