第5話 最初の出会い



「……ふう」



 転移魔法を使った俺の視界が切り替わると、俺は街道の上に出る。今度こそ、本当に脱出成功だ。俺がエルドス帝国から脱出をした先は、イスタリア王国という名前の国である。地理的には、エルドス帝国の隣の国だ。



「やっぱり、この景色を見ると異世界に来たって感じがするなぁ」



 俺が立っている街道は、地平線の向こうまで平らな道が続いている。地面はアスファルトではなく土が踏み固められたもので、周りには建物もなく、見渡す限りに草原と森がうっそうと広がっている。まさに中世の街道といった感じて、俺がニホンにいた頃には見ることが絶対にできなかった景色だ。



「おおー!」



 俺は異世界に来たことを実感ながら、ゆっくりと街道を歩いていく。反対側に街らしき城壁が見えるのだ。俺はそこを目指しながら道なりに歩くことにしていた。あの街で、今後のための知識と装備を整えよう。



 ガサガサ



「んっ!?――何だ?」



 そのとき、近くの草むらが揺れる音がした。もしかして、第一イスタリア王国人の発見かもしれない。そう思った俺は、新たな出会いの予感に心躍るような気持ちの中で、その音の正体をさぐることにする。



「ゲギャギャ!」



 しかし俺の気持ち虚しく、俺がイストリア王国で最初に出会ったのは、醜悪な緑色の皮膚をした小柄なゴブリンであった。ちなみにエルドス帝国での出会いは、すべての記憶を封印した俺の中では何も無かったことになっている。



「――うわっ!まじかよ!」



 平和なニホンで暮らしてきた俺にとって、いきなりモンスターとの戦闘はきつい。でも、もしかしたら、この異世界でゴブリン族は亜人として立派に人権を得ている可能性もある。その場合、問答無用で彼?彼女?に襲いかかったら、俺がマッドな殺人鬼ということになるだろう。



 異世界に来たばかりで何の常識を知らない俺は、より慎重に、これからの行動を選択していかなければならない。



「こんにちわ~。今日はいいお天気ですね!」



 とりあえず、俺はニコニコと愛想を良くしながら、醜悪なゴブリンに話しかけてみることにする。ゴブリンの外見は腰蓑に錆びた剣と文明をあまり感じない見た目をしているが、それで差別は良くない。単純に、彼らに技術力が無いだけなのかもしれないからな。



「グギャギャギャ!」



 ――ブン!



「うわぁ!やっぱり、ただのゴブリンだったあああああ!」



 しかし俺のあいさつも空振りに終わり、醜悪なゴブリンが剣を片手に突然襲いかかってくる。どうやら、この異世界のゴブリンはモンスターのようだった。俺は一つ、賢くなったということだな。



(さて、どうやってこの場を乗り切るか……)



 戦闘なんてしたことのない俺は、どうやってこの場を乗り切るかを全力で考える。目の前のゴブリンの見た目は小柄だが、野性的に筋肉が盛り上がっていることから、力はかなりのものだろうと推測される。一撃でももらったらヤバい。動けなくなったら、俺はあっという間に殺されてしまう。



「大丈夫か!」



 しかし俺の心配をよそに、どうやら援軍が来てくれたようだ。俺に声を掛けてくれた凛々しい女性の声を聞くと同時に、俺の目の前にいたゴブリンはあっという間に、彼女によって切り伏せられた。ワンパンである。



「こんな街近くの街道にゴブリンが出るなんて珍しいな。お前、大丈夫か?」



 軽鎧姿に赤髪赤目、キリッとした立ち姿に猛禽類のような攻撃的な眼差し。スラッとしていて女性にしては身長の高い160センチほどの女剣士といった見た目の彼女が、俺に近づいてくる。そして軽く、俺たちはお互いに自己紹介を済ませることとなった。



「危ないところをありがとうございます。俺の名前はアマネと言います」



「なあに。ゴブリンみたいな雑魚は仕事の内に入らないよ。私の名前はアマンダだ」



 どうやら俺を助けてくれた女性はアマンダさんという名で、森に狩りに出かけようとしているところに、たまたまゴブリンに襲われている俺の姿を見て助けに来てくれたようだ。それを聞いた俺は、お礼の言葉をさらに彼女に伝え直すことにした。



「いや~、ありがとうございます!」



「それにしても、ゴブリンに話しかけるやつなんて初めてみたぞ」



「ははは……」



 どうやら俺がゴブリンに話しかけていた情けない姿も、彼女に見られてしまっていたらしい。俺は取り繕いながらも、アマンダさんに、お礼の言葉を伝え直すことにする。



「暇だから、せっかくだしアマネを街まで案内してやるよ。アマネの身なりを見たところ、田舎から街に仕事を探しに来たといった感じだろ?」



「はい。そうなんです!」



 俺がボロボロの着古したスウェット姿なのを見て、奇天烈な布の服を着た田舎の貧乏人のように彼女は俺を解釈してくれたようだ。俺は邪神に異世界に送り込まれたなんて言えないので、とりあえずはアマンダさんに話を合わせておくことにする。



 ニホンという(この世界では)田舎から、(転移をさせられたから)目先の金を稼ぐために街に仕事を探しに来たというのは、本当だしな。



「やっぱりアマネも、冒険者になりに来たのか?」



「はい!」



 この異世界には、冒険者という仕事があるらしい。やはり定番だな。冒険者という単語を聞いた俺はすぐさま冒険者になることに決め、アマンダさんの言葉に同意をすることにした。



「でも、ゴブリンに遅れを取っているようじゃ、危ねーぞ?」



「大丈夫です!これから鍛えますから!」



 アマンダさんに聞いたところ、ゴブリンは街の人でも倒せるくらいに雑魚モンスターらしい。徒党を組まれたら危ないが、ゴブリン一匹程度なら大人なら簡単に倒せないと、周りから一人前と認めてもらえないくらいだそうだ。



「まあ、アマネはまだ成人したばかりの見た目だし、頑張れ!よかったら、私が剣を教えてあげてもいいけどな!」



「ありがとうございます!もし機会があったら、よろしくおねがいします!」



 アマンダさんが、俺に剣を教えようかと提案をしてくれる。どうやら彼女は、面倒見のいい女性らしい。勝ち気で男勝りな女剣士といった出で立ちなのも、何だか、話しかけやすくて安心してしまう。



 俺は出会ってすぐなのに、すでにアマンダさんに対して親近感を覚えてしまっているくらいだ。



 でも、とりあえずアマンダさんに剣を教えてもらうということは保留にして、俺はこの世界の常識について彼女に尋ねることにする。戦闘に関しては、俺の戦い方をしっかりと決めてからにしよう。



 街に向かい街道を歩きながら、俺はこの世界の常識についてアマンダさんに教わっていく。街に住んでいる者なら当たり前に知っている知識ばかりだとアマンダさんが不思議な顔をしていたが、山奥にひっそりと暮らしていたから、この国のお金を見たことがないし、街の常識を一切知らないと俺が彼女に伝えると、アマンダさんは驚きながらも親切に簡単な常識を教えてくれることになった。



 まず、この世界のお金は金貨、銀貨、銅貨が使われているらしい。貨幣の価値は銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚となるようだ。



 他にも白金貨などがあるようだが、それは名前だけで特に価値については話題にあがらなかった。まあ、一般庶民には関係のないものだからな。



 時間については、教会が定期的に鳴らす鐘の音で知るのが一般的なようだ。時計も一応は存在するようだが、まだ高価で、一部の貴族や金持ちしか手に入れられないものらしい。



 話の流れで、どうして俺が街に出てきたのかという話になり、山奥に祖父母とひっそりと住んでいたが一人になったので街に出てきたと、当たり障りのないことを彼女に伝えておいた。俺がニホンで祖父母に育ててもらったというのは事実だし、大丈夫だろう。



 その流れで、街の人に会ったこと自体が今日初めてだと俺がアマンダさんに伝えると、一瞬だけ彼女の瞳がキラリと光ったような気がしたが、きっと気のせいだろう。アマンダさんはいい人だ。



 そんな話をしている内に、俺たちはついに街の外壁へとたどり着く。門番が見張りをしているあの場所から、中に入るようだ。



「ようこそ、シュネーゼルの街へ」



「ありがとうございます!」



 街の入口に近づくと、アマンダさんが笑顔で俺に声をかけてくれる。俺は笑顔で、彼女に返事を返した。



 こうして、俺の異世界生活がようやくスタートするのであった。



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