第4話 支配するもの

「君は、苦しいかい?」


支配者は優しい声で僕に問いかけている。

詮索する気配も無ければ興味も無く、ただひたすらに優しい。

その静寂的な存在感に、僕は心を委ねていた。

まるで向こう岸のヒト。

僕が生きていたならそう思えただろう。


「悔しいんです。僕の命を奪ったあいつらが許せないんです」


僕の涙は止まらなかった。

死んでいても涙は熱いんだと感じた。


「君は、どうしたい?」


支配者の言葉に僕は泣きながら訴えていた。


「殺してやりたい。あいつらを。あいつらが憎い!憎い!許せないんです!」


「なら、そうさせてあげよう」


支配者が微笑むと、僕の周りの景色は一変した。

四畳半のアパートに僕が憎むあいつはいた。

あぐらをかいて昼間から酒を呑み、競馬新聞を片手に煙草をふかしている。

幾度も目にした光景だ。

こいつが僕を殺したんだ。

怒り任せに僕は、いつの間にか手にしていたバットを男目掛けて振り下ろしていた。

鈍い音がする。

男が振り返る間を与えずに、僕は再びバットを振り下ろす。

顔を見られたくなかった。

顔も見たくなかったからそうした。

無我夢中で振り下ろしたバットの先端から、鉄臭い血液が滴り落ちた。

僕はもっと苦しかったんだ。

こいつに何度も蹴飛ばされ、頭を壁に叩きつけられ、泣いても泣いても止めてくれなかった。

そして僕は死んだ。

7歳で死んだ。

こいつは僕の数倍も生きている。

母が何故こんな男と再婚したのか判らなかった。

何故、こんなやつと、、、。

僕の怒りは母にも向かっていた。

止められない。

この憎悪と虚無感は何だ!

支配者の声がする。


「好きにしたらいいさ」


と。

人の血液は錆びついている。

狂おしいくらいに錆びている。

母は知らない誰かと抱き合っていた。

香水の匂い、知らない男のスーツの匂い、絡み合う空気は腐敗臭の様に汚らわしく醜い

だけどそれは自然の成り行きなのだろうか。ならばそんな世界など要らない。

僕は背後から母に目掛けてバットを振り下ろした。

見知らぬ男は消えていた。

母は振り返りもせずに倒れ、頭部からは大量の血液がぬらぬらと流れ出た。

その真っ赤な道は、僕の靴を汚して止まった。

僕は泣いた。

見て見ぬフリをして、他人の様に僕に接していた母。やっと天罰を下せたのに、この途方も無い脱力感か説明できない。

ただただ泣いた。

母に聞いておけば良かった。


『何故僕を産んだのですか? 何故、あなたはたすけてくれなかったのですか?」


と。

よく人から言われた言葉を思い返していた。


『お前はほんとにバカだなあ』


バカなフリをしていた自分を、理解してくれる大人はいませんでした。

それが唯一の防衛策だというのにー。

バカな子供の仕草を見て、大人が笑ってくれた時期もありました。

その光景はとても愉快でありました。

幼心に、仕合せを感じていたものです。

たったそれだけの事。

私の生涯は、虚構に支配された偽りの7年間だったのでしょうか?

教えて下さい。

どなたか教えて下さい。


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