7話

案の定、あたしたちは12駅分しっかり眠った。

だって起きていられるわけがない。

トアに靴を小突かれてようやく意識を取り戻した。


浮遊感の中歩き続けること10分。一軒家ばかりの住宅街に入ってつい懐かしくなった。6年前に車が突っ込んで曲がったままの標識も、屋根にめり込んだまま落ちてこない野球ボールの家も、何もかもが懐かしい。たった1日帰っていないだけなのに。

「なんか治安悪くね」

「そんなことないよ」

眉をひそめるイノに反論し歩を進める。オフホワイトの外観を視界に入れた途端、この16時間感じることのなかった安心感が襲い、足取りがもたついた。帰ってこれたんだ........一時的に。

「どこ?わかった、あれだ」

イノがあたしの視線を追って一軒家へと視線を移す。そういえばイノが家に来るのはこれが初めてだ。あたしの家になんかいよいよ用事は無いし、大体週に三回以上は顔を合わせている。イノも来たがらなかったしこっちも呼ばなかった。

低い三段足場を一息に登り扉へと鍵を突っ込んだ。右に回して半分戻す。オートロックもかっこいいけどあたしはこの感触が好きだ。

「どうぞ、入って」

離した扉をイノが片手で支えた。控えめに視線を動かして足を踏み入れる。

「一軒家って感じ」

「何それ」

ベージュのフローリングにオフホワイトの壁。イノの部屋に比べれば光量が多く感じるかもしれない。あたしにとっては見慣れたもの。

リビングの扉を開け放して階段へ向かう。「ちょっと待ってて、荷物二階なんだ」

壁にかけられた鏡を覗き込みながらトアがうなずいた。イノに比べて随分リラックスしている。




お父さんの部屋を覗き、クローゼットからボストンバックを拝借した。6年前から何も変わらない部屋。増えていくのは埃だけ。

どこで何をしているのかも知らない。唯一の生存確認は一人暮らしの女子高生には有り余る毎月の振り込み。あたしはこれが本当に腹立たしい。お金さえ渡しておけば放置しても良いと思われているのだろう。

高校を出たら絶対就職してやる。


1日ぶりの自室は意外と大したことなかった。空けた理由が理由なのだから、もっと感動できると思っていた。

脱いだパジャマはベッドの上。椅子にかかった上着もそのまま。

あたしはノスタルジーに浸ることなく、服やらなんやらを手当たり次第ボストンバックへ詰め込んだ。入りきらない小物たちをリュックへまとめて一階へ降りる。

かがみ込んでガラス張りの戸棚を覗き込んでいたトアが振り返った。

「似てるわね」

「そ、そうかな」

うなずくトアの背後から一枚の写真を見た。ピアスにいたずらをしようとするあたしを抱きとめているお母さん。小豆色のミディアムヘアはあたしよりちょっとだけ暗い。だけど真っ青な目は宝石みたいに輝いていて、あたしが膝に乗っているのが嬉しくて仕方なさそうな。自分で言うのもどうかと思うけど、本当にそんな顔。似ているといえば似ているし、同時に全く似ていない。

「すごく綺麗」

トアは再び写真へ視線を落としてそれだけ言った。あたしが孤児院へ入った理由を察しているのか、それとも情報として確実に知っているのか、それ以上のことをこの場で口に出すことはなかった。

そうして背を向けたかと思うと、ソファの角で体を丸めているイノから突然クッションを奪った。

「ほら、帰るわよ」

「うっ」

イノが抱きしめていたクッションに顔を殴られて呻く。どうやら眠っていたらしく何度も瞬きして眉間にしわを寄せた。

「お前、俺のこと嫌いだろ」

「別に、好きじゃないわね」


 体を起こしたイノと目があった。何か言おうとして口を開きそのまま欠伸となる。

「....もういいのか?」

「うん、お待たせ」

リビングを見渡しながら忘れているものがないか考えた。次帰ってこられるのはいつかわからない。

「身を守る手段さえ習得してくれたら、好きに出歩いていいわよ」

その場で一回転するあたしを見てトアが言った。

手段?......空手とか......。

きっと違う。自ら馬鹿にされる必要もないのであたしはただ瞬きした。

話を理解できなかったときにはこれが一番有効だ。

「......とにかく帰りましょ」

ため息をついて期待通りの反応をしてくれたトアに笑い返し、ボストンバックを背負い直した。



シューズBOXを開けようか2秒だけ悩んでスニーカーを履いた。見たら絶対持っていきたくなってしまう。ハイカットスニーカーもスポサンも、今はそんな場合じゃない。

邪念を振り払ううように玄関の扉を開け、そして叫んだ。


「うわ______っ!」

とっさに室内へ戻ろうと振り返り、肩に下げたボストンバックでイノを殴った。

「____って、何?」

遠心力に敗北しシューズBOXへ体を打ち付けたイノが脇腹を抑えて顔をあげる。

「あれがいる!とかげ____!」

あたしは謝罪も忘れて室内へと飛び込んだ。閉めようと引っ張った扉がトアの手によって防がれる。

「ちょっと、トア....!」

「違うわね」

そう言って外に出ると、上体を折り曲げてトカゲをじっと見た。鋭い視線を受けた相手が若干身じろいだように見えた。

「ち、違うって何が?」

身を引くあたしに反してトカゲを覗き込んだイノが顔を歪める。

「きも」

「これはあいつらじゃなくてただのトカゲ 、なんともないから出てきていいわよ。」

トアの言葉に同意するかのようにこちらを見たトカゲと目があった。声を出しそうになるのを抑え視線を返す。

「どうしてわかるの?」

トカゲは細身で砂色。しっぽもひょろ長い。昨日見た絵を思い出しても大差ない。

模様や色はないけど昨日イノの足元を這っていたやつもそうだった。

返事に困ったトアが小さく唸った。

「わたしは見慣れすぎてるのかもね.....一目でわかりやすいのは瞳孔。あいつらは両目別の方向を向いてたりするけど、これはチアと目が合ってるでしょ」

確かに。嬉しくないけどばっちり目があっている。

だけど、あたし一人で見たときに確信を持って判断できる自信は無い。

「一番確実なのはこれだけど」

そう言ってスマホを取り出したトアは、カメラアプリを起動してトカゲへ向けた。当たり前に映し出された姿をズームする。

「あいつらは写真に映らないから」

その言葉に昨日見せられたファイルを思い出した。そういえば、灰死体と呼んでいた人たちの方は写真だったにもかかわらず、肝心の化け物の方は全て水彩画や色鉛筆だった。これだけ描くのは大変だろうと思っていたが、写真に収めることが出来ないからだとすれば納得がいく。


トアがトカゲの手前で靴を擦って驚かせた。

そいつが道路へと消えていったのを見送ってあたしはようやく外へ踏み出す。

「毎回確認してる暇あるかな....」

「慣れたら見分けられるわよ。それか......見つけた爬虫類は全部殺せば?」

「嫌な2択......」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

瑠璃色のコントラスト リの字 @ritata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る