4話
ガタ、と。
トアの言葉を遮るかのように玄関の方から音がした。
状況からしてその人物は容易く予想出来る。
音と同時に、目の前のピンク色の瞳が小さく開かれた。
飼い主の帰宅を察知した猫のようにそわついたかと思えば、リビングに入ってきた朝霧店長を振り返った。
「ゆうくん」
「ただいま、ふたりとも大丈夫そうだね」
五体満足どころか両肩にあたしたちの荷物をさげ、店で見た時と変わらない笑顔を向けてくる朝霧店長に、気の利いた返事が思いつかない。
「大丈夫そう....っていうか、それはこっちのセリフというか....」
手渡された鞄を受け取りながらも、おそるおそる彼を見上げた。
「うん? ああ、全然平気だよ。片付けがあるから明日は臨時休業するけどね」
店の状態を聞いたわけでは絶対に無かったが。
冗談っぽくそう言う本人を見たところ、確かに目立った傷は無い。血の一滴も出ていないのではないだろうか。
とても口には出せないが、正直腕の一本や二本と最悪な想像をしていたことも事実だ。繋がっていて何より。
「......さっきのやつは? 」
受け取った自分のリュックを漁っていたイノがぽつりと口を開いた。
もちろん知りたいと思う反面、何も聞きたくないと思う自分もいる。
トアの話だけで1ヶ月分の脳みそを使ったというのに、これ以上前借りは出来ない。
「ほら、これだよ」
これ、と。この場合の質問に対して一番最悪であろう返答をした朝霧店長は、拒否する間もなく上着のポケットから何かを取りだした。
先入観から若干顔をしかめてしまったが、それを視認してみて安堵した。
ただの小瓶だ。
「....砂?」
イノが訝しげに目を細める。
イノの言う通り小瓶に入っていたのは灰色の細かい砂だった。
一瞬でも肉片が詰まっているのではと思考した自分に呆れつつ、目の前の物体を考える。
砂......そういえば....最近似たものを見たばかりだ。
途端顔がひきつった。今日は随分表情筋を鍛えられた。
イノも気がついたらしく、小瓶に寄せていた顔を慌てて後ろに引いた。
「うわきもっ」
「ほんの一部を持ってきただけだから店はまだ砂だらけなんだ」
そんなもの持ってこないで欲しかった。
高校生球児がグラウンドの土を持って帰るのとはわけが違う。
"あいつ"だったものから目を逸らし、血の気の引いた手をさすった。
「いろいろ調べないといけないからね、集めてるんだ」
過去聞いてきた中で最悪のコレクションだ。
爬虫類人間の遺灰収集。考古学者だって欲しがらないだろう。
「砂もいいけど、ゆうくんにスマホ返してくれる? 」
先程から黙ってあたしたちを、否。朝霧店長を見つめていたトアが催促した。
ふたりはどういう関係なの? 見たところトアはあたしたちと同い年くらいだ。ゆうくんと呼ぶあたりまさかきょうだいではないのだろう。じゃあどういう関係? そういえば、ここに来た時トアはなんて言った?
「きょ....今日からここで4人暮らし....って? 」
「....は? 」
トアの口から今の流れでなぜそんな話になるんだと言わんばかりの声が漏れた。
もちろん脈絡はなかったけど、今日という日に脈絡を求めるのはいささか無理がある。
「いいからスマホ渡しなさいよ。4人暮らしは....分かるでしょ、安全確保のためよ」
返ってきたのはする、しないの返答ではなく、する理由だった。
言い方にも気になるところがある。安全確保とは身の回りに害が潜んでいるときにしか使われることは無い。そしてトアが守りたがっているのはあたしたちだ。
この場合の害とは、明確すぎて口に出すのも馬鹿らしい。
途端、鞄の外ポケットが震えた。
スマホを取り出して通知欄を見ると、メッセージが1件表示されていた。
"ぜってーナシ"
返事をすることなく画面を暗くする。
「あんなのがまだいるってこと?」
「おい......!」
イノのことは見ずに返事を待つ。
朝霧店長はトアの横に足を組んで座り、いつの間にか手にしていたオレンジ色のファイルを卒業アルバムでも眺めるかのように捲っていた。
「....そうよ、それに今回狙われてたのはあなたでしょうし」
トアがあなた、と口にしながら目を合わせているのはあたしだ。あたし?
「なんで....そんなこと」
「さっきも言ったけど、あいつらは自分の痕跡を残したがらないの、そっちの....イノから色を盗ったら灰死体が出来上がっちゃうでしょ」
灰死体、と。なんの躊躇いもなく発されたその言葉にどきっとした。
混乱しながらも、ことの内容は理解しているつもりだ。
2度色を盗られると。たしかにトアはそう言っていた。
ここまできてどこか他人事のように思えていた先程の話が、急に現実味を帯びてのしかかった。
自分の死体の話をされたイノは、リュックを抱き抱え背もたれに体重を預けている。つまらないCMでも見るかのような視線を自身の足先に向けて。
「まだ狙われてる、あたしが?」
色が欲しい?
とても理解できない。あたしが持っているものといえば、母親譲りの青い目。同じく受け継いだ小豆髪、1束入れたピンクメッシュ。メッシュ...メッシュってどうなるの?トアは人工物はどうとか言ってた。
ピロン、と。
小さく鳴った通知音に意識が現実へと引き戻される。
自分のものでは無い音が自分のスカートからした。
取り出したスマートフォンに、先程の会話を思い出す。画面を見ないようにして朝霧店長へとそれを手渡した。
「ありがとう....まあ....急だと思うけど、ここにいれば安全だからさ。俺はずっと店にいるし、同い年3人で仲良くやってよ」
にこやかにスマホを受け取った朝霧店長は、ファイルを閉じて立ち上がった。
「じゃあ俺店に戻るから、あとよろしく」
よろしくって言われても....ああ、違う、トアに言ったんだ。
考えなくたって分かるだろうに。
「うん、任せて」
そう言って満足するまで背中を見つめていたトアは、体をこちらに戻しあたしの顔を覗きこんだ。
「....相当疲れてるんでしょ、部屋に案内するからもう休んで」
「部屋?」
部屋。
薄々思っていたことではあるが、準備が良すぎるのでは無いだろうか。
あたしたちを逃がす手筈も整っていて、今まさに受け入れようとしている。
新手の誘拐?
あたしの表情から何かをくみ取ったトアがため息を吐いた。
「荷物なら明日いっしょに取りに行ってあげるから」
何かを勘違いされたようだ。なにも私物が足りなくて嘆いていたのではない。
しかし彼女はもう立ち上がってしまっている。
実際、今すぐ出て行けと言われてもすぐには承諾できないだろう。
今は....誰かといたい。
階段を登った先には、同じドアが4つ並んでいた。土地的にも日当たりの良さそうな、良い風が入ってきそうな場所だったが、肝心の窓がないのではどうしようもない。
「ここがわたしの部屋、隣がチア、その隣があなた、1番奥がゆうくん」
階段を囲うように若干カーブした廊下、それにならい配置された部屋。
トアがドアノブを撫でながら部屋割りを教えてくれる。
「鍵は内側からだけ......ゆうくんの部屋に入ったらただじゃおかないから」
ピンク色の瞳でそんなにも冷たい目ができるものなのか。
正直気になる。気になる、けど。そんな無謀なことはしない。
「うわ」
声に反応しそちらを見れば、自室と告げられた部屋に頭を突っ込むイノがいた。
部屋。
こんな状況だというのに楽しんでしまっている自分がいる。何も考えていないわけじゃない。だけど、新しい部屋はいつだって楽しいものだと思う。
つられてあたしも自分の部屋へと足を踏み入れた。
そしてイノと同じことをぼやいた。扉を閉め、後ろのトアを振り返って。
「黒いよ」
「電気つけなさいよ....」
再び開いた扉の先で壁をまさぐった。光を受け明らかになった室内の全容をぐるっと見回す。確かに。こうしてみれば黒いとはちょっと違うかもしれない。
そうか....色彩がない。モノトーンでまとめられた家具たちは、全て新品なのかそれぞれが光沢を発していた。窓が無いのは諦めるとしても、それなりに広くてかっこいい。
「ある程度の服はクローゼットに入ってる、1階の冷蔵庫も開けていいし、部屋の内装はこれから好きに変えたらいいわよ」
淡々と告げ、役目を終えたトアは階段を降りようとしている。
「ちょ、ちょっと待って」
慌てて呼び止めた。うん分かったよ、と言うには早すぎる。
「あたし達....これからどうしたらいい? 」
階段の三段目で足を止めたトアは、不思議そうな顔で振り返った。
「今日はもう寝て....明日はあなたたちの家に荷物を取りに行く、その後は.......明日決めたって良いでしょ」
おやすみなさい、と。こたえであることに違いは無いその言葉に、再び呼び止める気は起きなかった。
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