微痛チョコレート

みなみくん

微痛チョコレート


ふと外を見る


ほんとにふとした一瞬何気なく


窓の外は雨


唐突に脳裏によぎったものがあった


まだ世の中ってものを知らなかった若い頃

僕はそれなりに痛みを知った


青春のなんとやら

10代が特別に感じる、特有の言葉にし難いもの


僕が唐突に思い出したのは、多分いつかはいい思い出になってく過程であろう失恋の痛みだ


きっと誰にでもある事だと思う


季節や天気、温度、色、匂い、感覚


ふとした時何かをきっかけに、時間が経ってもしばらくは鮮明に思い出したりする事ってあると思う


特に失恋なんかは最たるものだと思う




いかんいかん


仕事中にも関わらずそんな事に耽る自分に心の中で喝を入れ、pcへ向き合い直しデスクワークへと没頭する


なんで急にそんな事を思い出したのだろうか


いつの間に雨なんて降り出したのだろう

予報では雨じゃなかったのに


そんな事を頭の中で流しながら隅へ追いやって考えないようにしつつ、キーボードを叩いた





ーーーなんか嫌なことあった?


喫煙所にて


ココアを飲みながら煙草に火をつける僕に、同僚の蓮見さんが声をかけてきた


なんの事かと一瞬呆気にとられたけれど、すぐにそれがなんの事か気付いた


しまった、見られてた


しかも顔に出てたのか

窓の外を見ながら普通じゃない様子を見られた、、恥ずかしいし気まずい


いや、べ、べつにと分かりやすい焦り方で返す僕


何も無いけど人から見て何かありげに窓の外を眺める僕


いや、ただ外の天気崩れてるかなーって見てただけだよ?

なんてしれっと言えなかった


咄嗟には上手いこと適当なことを返せない



うーん、気まずい




「悩みがあんならのるよー?」

部署でも評判の面倒見の良さを発揮する彼女


その一言で相手に絶大な安心感を与える蓮見さんクオリティ




僕はココアを片手に煙草を咥えたまま手を振った


「だ、大丈夫!昔のことちょっと急に思い出してぼーっとしちゃっただけ、ほんと大した事じゃないし今なんかあったわけじゃないし!」


焦って勢いよく妙なトーンで、僕は息継ぎもせずに言い放った


何も無いよりはマシな回答なのかなこれは


でも突然あの時浮かんだ自分事を蓮見さんに、会社の人に唐突に話すのも如何なものか



面倒みの良さと同時に、察する事においても定評のある彼女は珈琲を飲みながら煙草の煙を吐き


「ふーん、まっいいならいいけど。誰かに聞いて欲しくなったりしたら気軽に言ってきなよ」


柔らかな笑顔を浮かべて、それ以上言及しない雰囲気を出してくれた


そして僕の挙動不審は、懸念や不安に思わなくてもいいという安心

良かった


「てゆうか、それ、ココア?なんでココア?煙草に合うの?」


話を切り替えてくれたのか、気になったのか、突然僕の左手に視線を送り問いかけてきた


目を丸くして訊ねる蓮見さん


そんなに珍しいものなのかな?


まぁ確かに煙草に珈琲って定番だけど



僕は、、、、珈琲が飲めない


珈琲だけでは無くカフェオレやカフェラテなどの類も


苦くてとても飲めないんだ


大人になったら飲めるものだと思っていたけれど、27歳になった今でも珈琲もビールも全般飲めないでいる


「珈琲とか全般飲めないんだ。甘党だし」


なぜかなんとなく、言いにくい感覚を覚えつつも僕は答えた


珈琲が飲めない


自分の中では当たり前のことだけど、いざそれを口にすると

何故かどことなく恥ずかしく感じる


僕の中でのイメージだけど、好き嫌いは置いといて飲めるか飲めないかで言ったら大体の人が、飲める、進んで飲まないけど飲めることは飲める、に該当すると思ってるから


「珈琲飲めないって珍しいね。まあ中野くんって確かに渋いのとかそういうイメージじゃないしあんまり違和感ないけど」


どんなイメージだ


僕は内心ツッコミを入れつつも笑った


逆に蓮見さんは辛党、日本酒とか渋いの似合うイメージを僕も持ってるけど


そういったイメージって、大人っぽいとか子供っぽいとか、年齢に対してのものに関する印象に影響すると思う


事実、しっかりしているという面や姉御肌な面も大きくあるが、目の前で珈琲を飲む年下の彼女は何処か同年代や年上に感じる


珈琲ひとつで大袈裟かもしれないが、飲めない人間にはとっては大きな差に感じるものだ


珈琲片手に煙草、オーソドックスな大人の一コマ


「格好良く珈琲を飲む蓮見さんがちょっと羨ましいよ、大人っぽくて」


僕はそう言いながら空になったカップをゴミ箱に入れて喫煙所を後にした



そういえば、珈琲が飲めない事


そんなやり取りもあの頃してたな


「大人になったら飲めるからいいんだよ」


そんな事を言ってたあの頃の自分が浮かんだ


そしてそれを投げかけた相手の顔


また思い出して、ふと少しだけ痛むなにかを感じながら、僕は仕事に戻った




22時手前


結構やることが溜まっていたのにやらなかったツケがまわって金曜日に残業をして終わらせる


夏休みに宿題を後回しにして、最終日に慌てていた子供の頃を思い出す


あぁ、これも大人になっても出来ないし変わらないことの一つか


室内には自分1人


21時には蓮見さんも品川係長も退勤して僕1人となっていた


タイムカード処理を終え、退勤する僕


お疲れ様でしたー


小さく誰もないオフィスにつぶやく



窓の外を見ると道行く人達は傘をさしていなかった。

雨は上がってるようで、帰るのに少しばかり気が楽になった



一服したら帰るか


心地よい開放感に安堵し、喫煙所へと僕は向かった



喫煙所の扉を開けると、喫煙所は電気が着いていて明るく



そこには蓮見さんが居た



あれっ、退勤したのに


声に出さず少し驚いた表情の僕



「お、おつかれー終わったかい?」



「うん?今終わって一服して帰ろうかと」


帰ってるはずなのに1人喫煙所にいる彼女に疑問気味の肯定で返答する僕


コンビニ袋を片手に蓮見さんは電子煙草と珈琲を嗜んでいた


「丁度見に行こうと思ってたから良かった。」



そういいながら彼女は僕にコンビニ袋を差し出してきた


甘さ控えめのミルクティーにチョコレートが入っていた


「まだ残るなら、それ食べて頑張れよって言おうとしたけど、、、終わったなら良かった。それ食べて一服したら一緒に駅まで帰ろっか」


わざわざ差し入れを買いにコンビニへ行って戻って来てくれていた彼女


ひたすらに感謝の気持ちが込み上げた


そんなに甘くないミルクティー


僕は少しばかり大人な気分になった


チョコレートを齧る僕を蓮見さんは満足そうに眺めていた



雨、飲めない珈琲


きっと今日までは思い出して感傷的になった事も

明日からは違ったものになるんだろうな


少しだけ


失恋の痛みが笑って気にせず思い出になるものへと近づいた気がした


なんだか心が軽くなった


今日、なんであんなに外を見て感傷的になったのか


きっと、次の雨の日はもうならないだろうな

そんな事を思った



湿度もなく、心地よい気温の帰り道


人が溢れる駅前の繁華街


突然立ち止まる蓮見さん


「そいえばお腹すいたぁ、折角の休み前の金曜日だし!焼き鳥にビールが飲みたい。よし、甘さを堪能した中野くん、大人になる練習だよ。行くよ!」


突然思いついたように蓮見さんは僕に言った

満面の笑みで


恥ずかしがる僕にお構い無しといった様子で蓮見さんは僕の袖を引いて繁華街の中へと促した


袖を引く蓮見さんに気恥しさと心地良さを感じながら、僕らは焼き鳥屋の暖簾をくぐった






おしまい

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