第21話 君のこと

僕は病院の帰り道をとぼとぼと歩いていた。

——「結衣が三歳の頃に亡くなっているの……」 

先程の彼女の親友、美花の言葉が頭の中で繰り返し再生される。

彼女のことを熟知したつもりでいた。

でも、僕は何も知らなかった。

彼女があの日、観覧車で泣いた理由は大好きな父親が亡くなったこと——。

立ち止まり、空を見上げるとどんよりとした暗い雨雲が立ち込めていた。

「雨が降る前に帰ろう」

僕がそう呟いて歩き出そうと一歩踏み出した時、後ろからぱたぱたと足音が聞こえた。

誰だろう、と思い、振り返ると病院服のままの彼女がいた。

「君、大丈夫?どうしたの?」

僕がそう聞くと荒い息を必死で整えていた彼女は目線をあげるといきなり僕を睨みつけてきた。

「え……?」

僕が驚いてそう声をあげると彼女はいつもの柔らかい笑みに戻り明るい声を出した。

「うっそぉー!冗談だよーびっくりした?」

「何が?」

「え?」

僕がわざと惚けてやると彼女は変な裏声を出した。

「君って鈍感なタイプなの?全然知らなかった」

昨日のことなんて忘れたかのように明るく笑う彼女を見ているとなんだか一人で悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきた。

「別に。僕はわざとやったんだよ」

「えぇ!?わざと!?本当に?」

「うん」

彼女は唇を尖らせながら半分納得したように頷いていた。

「あのさ、病院から出てきていいの?それに親友は?」

「大丈夫じゃなぁい?別にバレても怒られないっしょ!美花は帰ったし」

そんなポジティブ思考で何もかも上手くいくわけないだろ、と思ったが口には出さないでおいた。

「それでさ、君。聞いたんでしょ?美花から」

「うん……」

急に話を転換してくる彼女に戸惑いつつも、もう慣れた、と思っている自分に気がついた。

「どう思った?」

「……なんか、ごめん」

「へ?」

僕が変な対応をしたからか彼女は僕よりもっと変な対応……ではなく、声を出した。

「なんで君が謝るの?面白ぉい!」

道端で本当に面白そうに笑う彼女を尻目に「上手く言葉にできない」とだけ言った。

「そっか。君だもんね。別にいいけど。でも、それで変な気遣いとかいらないから。もう十分悲しんだし」

「だろうね。観覧車で大泣きしてたもんね」

「ギャァァ!!ちょっと!大泣きなんてしてないでしょ!すこぉし、ほんのすこぉし涙を零した程度だったじゃん!盛らないでよね!」

一気に捲し立てる彼女に「ごめん、ごめん」と形だけ謝っておく。

「君はもう帰るんだよね。一緒に君の家まで行くよ」

「え?その服で?やめてよ」

僕が即、断ると彼女は今気がついたように、

「あ、着替えてくるの忘れてた」

と言った。

「じゃあ、ここでお別れだね。バイバイ。また明日!」

「うん」

僕が歩き出してからも彼女は満面の笑みで大きく手を振っていた。


僕は何も知らなかった。

そして、何も気が付かなかった。

あの時の彼女が空回りな元気の良さだったことに。

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