第20話 涙の理由

結局、彼女が泣いている理由も分からないまま、僕たちは観覧車を降りることになった。

彼女は落ち着いてきた後も始終黙り込んでおり、僕が何を話しても目を合わせようとしなかった。

いつも笑顔の彼女が泣くなんて余程の理由があるのだろう。

根掘り葉掘り聞かない方がいいだろう、と思い僕は彼女をそっとしておくことにした。

無言で駅まで行き、新幹線のホームに行くと長い車体が線路に止まっていた。

「……これだよ」

彼女が低い声でそう言い、チケットを見ながら乗り、席を探す。

僕も慌てて彼女の後についていった。

僕が席に座った頃静かなホームにアナウスが響いた。

「まもなく、発車いたします」

軽い抜け音と共にドアが閉まる。

三十秒くらいして車体がゆっくりと動き出した。

もう夜の時間帯なので新幹線の利用者も少なかった。

隣を見ると彼女はシートに頭を持たせ掛けて眠っていた。

彼女は深い安堵の色を顔に浮かべながらぐっすりと寝ていた。

僕は、何も知らなかった。


次の日、彼女はまた入院した。

僕がいつものようにお見舞いに行くため病院に行くと彼女の病室の前に親友が立っていた。

僕はきっと「げ」と言う言葉が似合いそうな顔をしていたのだろう。

僕に気がついた彼女の親友、美花は僕を冷たく睨んだ。

「あんた、何しに来たわけ?」

険しい目つきで僕を見てくる。

「いや、お見舞いに来たんだけど……」

そう言うと親友は大袈裟なほどにため息をついた。

「あんた、なんにも知らないくせによぉく彼氏のフリなんてできるよね」

「いや、そもそも僕は彼氏じゃないし……」

「は?だって彼氏みたいじゃん!昨日もお泊まり旅行なんて行っちゃってさ!」

急に声を荒げた美花は周囲から注目を浴びていた。

美花は恥ずかしくなったのか僕から目を逸らしてしまった。

ここで勘違いされたままなのも嫌なので僕は本当のことを言っておこうと思った。

「少なくとも僕が行きたくて行ったわけじゃなくて、彼女に行かされた、という方が近いから」

僕がそう告げると美花は一度下にした視線を上げて挑戦的な目で僕を見てきた。

「あっそ。じゃあさ、あんたは結衣のことどれくらい知ってるの?」

「さぁ……。特に何も……」

しばしの沈黙の後美花は狂ったように僕に向かって言った。

「何にも知らないで結衣と旅行行ったの!?意味分かんないし!結衣がどれだけ寂しい気持ちでいるかも知らないで!なんなんだよ……!」

彼女の寂しい気持ち……。

果たして彼女がそんな気持ちに支配されることがあるのだろうか。

ふと昨日の観覧車での出来事を思い出した。

いつもあどけなく笑っている彼女の涙。

「君に聞くのも悪い気がするけど……。水野さんは何か辛い過去でもあるの……?」

すると美花は目を見開いたまま硬直した。

また僕たちの間に沈黙が流れる。

一分ぐらい間を置いた後、美花が口を開いた。

「本当に何も知らないんだね。結衣のお父さんは……」

一回そこで言葉を切った美花。

僕が続きを促すように目を美花の方に向けると美花は視線を床に落とし、低い静かな声でこう言い放った。

「結衣が三歳の頃に亡くなっているの……」 

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