第17話 朝食

「君ってさぁ、本当に私と真逆だよねー」

朝食会場で彼女は呟くように言った。

確かに僕は和食、彼女は洋食だ。

「君はカロリーが高いもの、食べすぎじゃない」

「そうかなぁー」

実際、彼女の取ってきた朝食はパンにバターやジャムを塗ったもの、スクランブルエッグにハムとソーセージやチーズ、フライドポテトなどいかにも太りそうなものばかりだ。

僕は魚や味噌汁、ご飯、漬物などの平和的なものだ。

「君のは地味すぎーもっと美味しいもの食べなよー」

「僕にとって和食は美味しいものだよ」

彼女は変な顔をしてから水を注ぎに行った。

僕は一人で黙々と食を進める。

コップを片手に彼女は戻ってきた。

てっきり水を入れてきたのかと思ったが彼女のコップに入っている液体はオレンジ色であった。

「君は何を入れてきたの?」

「オレンジジュース!見れば分かるでしょ?」

「そうだね」

僕は立ち上がり、コーヒーマシンの前で立ち止まった。

コーヒーを入れると苦くて良い香りが周りに漂った。

僕はコップを持ち上げると砂糖とミルクを持って机に戻った。

「へぇ。君もコーヒー飲むんだぁ」

「良い香りだよね。コーヒー独特の香りだよ」

「何がよー大人ぶっちゃってー本当はコーヒー嫌いなんでしょ?」

「好きだよ。小学生の頃から」

「えー!?小学生!?コーヒーは大人の飲み物だよー!」

彼女は僕がコーヒーを飲めないと思っていたらしく、拗ねた顔になってそっぽを向きながら言った。

僕は彼女の言葉を無視して砂糖をコーヒーに入れる。

すると彼女の手がスッと伸びてきて僕の砂糖を奪う。

彼女は砂糖をオレンジジュースにドバドバ入れた。

僕は目を疑った。

「君は何をしているの……?」

「砂糖を入れてるんだよ」

「それは分かってるよ。オレンジジュースには元々砂糖が入ってるでしょ。虫歯になるよ」

「いいのーもうすぐ死ぬしー」

僕は大きな息を一つ吐き、心を落ち着けるためにコーヒーを飲んだ。

砂糖はまだ入れ途中でミルクも入っていないコーヒーはすごく苦く感じた。

この味が僕の心だったように思う。

苦さと甘さが入り混じった味は僕の気持ちを代表していたのだ。

彼女はコーヒー用に持ってきたミルクまでオレンジジュースに入れ出した。

流石にオレンジジュースにミルクは味が思い知らされる。

彼女は砂糖が下に沈殿しているオレンジジュースを一気に飲む。

ミルクで薄められたオレンジの色はいかにもその味が手にとるように分かった。

彼女は飲んだ瞬間に顔をしかめ、「なにこれー不味いー」と一言吐いた。

「当たり前でしょ。オレンジジュースに砂糖はまだしもミルクなんて合うわけないでしょ」

僕がそんな彼女を軽蔑した目で見ると彼女は驚いた目をして笑った。

「そうかなぁー新しい発想っていいことだと思うけどなぁ。新しい発想があることで想像力や人間の感受性も豊かになっていくんだと思うの」

今度は僕が驚きの表情を見せる番だった。

彼女の言っていることはあの時の僕にとっては正しく思えた。

反論する言葉もなく、僕は味噌汁の具を箸でつまむ。

彼女は黙っている僕を見て続けた。

「人間は生きている間、色々な感情を見せて、色々な発想をする。確かに私が今したことは結果が見えててやってる。だけどその発想が後で役立つこともあるかもしれないから。色々挑戦することは人間にとって、とっても大切なこと。そうじゃない?」

彼女の真剣な目に僕は言葉を失った。

何を言っていいか分からなかった。

彼女は瞬間に表情を変え、ニヤつきながら僕を見てきた。

「もしかして私の言った言葉に感動した?」

彼女が笑いながら言う横で僕は頷くと同時に「うん」と言葉を発した。

彼女は驚いた様子で僕を見ていた。

彼女は頬を少し赤らめながら言った。

「そっかぁ私、君に感動を与えちゃった訳かぁそんなつもりなかったんだけどなんかいい方向に向かったねー」

「君が言った言葉は偽りのないものだったと思ってるよ」

「偽りってなーに?」

彼女がその言葉を発した瞬間、僕は彼女を見損なった。

「君、偽りも知らないの?偽りっていうのは嘘や隠し事がないことを言うんだよ」

「だからね、何度も言うけど私が馬鹿なんじゃなくて君が物知りなだけなのー」

「あぁそ」

彼女は膨れっ面でそっぽを向いた。

パンを口の中に放り込むと彼女はさっきまでの膨れっ面が嘘みたいに笑った。

僕が呆れ半分のため息をつくと彼女が口の中のパンを飲み込んで言った。

「ねぇ、ホテル、チェックアウトしたらさ、観光行かない?そんな早く帰ってもつまらないし」

「あのね……。僕はこの泊まりに賛成したんじゃないからね?そこ、分かってて言ってる?」

僕はため息混じりにそう言った。

彼女は不思議そうな顔で頷きながら言った。

「でも、君、すごく楽しそうだったし」

彼女の急な発言に僕は飲んでいたコーヒーを思いっきり吹き出しそうになった。

「別に楽しかったわけじゃないから」

僕が全身で否定を示すと彼女は一気に興味を失ったような目になった。

彼女は気がつくと新幹線でも広げていた情報誌を机に置いて楽しそうに眺めていた。

「どこ行こうかなぁ。わぁ!昔ながらの神社とか行ってみたい!ご利益があるかなぁ、御神籤おみくじも引きたぁい!」

勝手に想像を膨らましている彼女を僕は慌てて止める。

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕、行くなんて一言も言ってないんだけど」

彼女は情報誌から少し目を上げて微笑した。

「君が行く、行かないの問題じゃないの。そもそも、帰りの新幹線の時間まで後五時間はあるんだよ?その間何してるの?それに、君一人じゃ帰れないからね〜」

「なんで?」

僕が疑問に思ってそう聞くと彼女はほくそ笑んだ。

「だって君、お金持ってないもん」

結局、彼女の正論に打ち負かされ、僕は仕方なく観光に付き合うことになった。

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