第18話 観光

「わぁい!大吉だぁ〜」

僕たちは彼女が行きたがっていた縁結びがあると言われている神社に来ていた。

彼女は見事、御神籤で大吉を引き当てた。

僕は綺麗に折り畳んである紙を広げてみた。

すると最初に目に飛び込んだ文字は……。

「半吉……?」

僕が不思議そうに口にすると神社の御神籤を引く場所にいた女性が快く教えてくれた。

「半吉はね、あまり見ないんだけど、末吉と吉の間にあるの。簡単に言えば吉も凶も半々ってことよ」

ふふ、と微笑みながら女性はそう言った。

彼女が大吉の紙をひらひらさせながら僕の紙を覗き込んできた。

「ん?半吉?なんじゃそりゃ?」

彼女も意味が分からなかったらしく顔をしかめていた。

「吉も凶も半々という意味らしいよ」

僕がそう言うと彼女はふうん、と何度も頷いていた。

神社では御守りも見た。

彼女は飛躍丸の御守りを凝視していたが、結局彼女が買ったのは学業成就だった。

「ねぇ、これからどうする?」

彼女は神社を出たところで立ち止まり、情報誌を手に僕の方に寄ってきた。

「さぁ。僕は何も知らないから」

「本当に君って素っ気なさすぎーじゃあねぇ……。ここにしよっ!」

彼女が指さしたのは神社から徒歩五分で行けるこじんまりとしたカフェだった。

カフェ、というとどうしても洋風に聞こえがちだが、実際は和風で昔の豪邸邸宅のように見受けられた。

店内に入ると涼しい風が僕たちの汗ばんだ体を冷やしてくれた。

「いらっしゃいませー二名様でよろしかったですか?」

着物を身に纏った綺麗なお婆さんが尋ねてきた。

彼女が「そうでーす」と頷くとお婆さんは窓側のソファーセットが置かれている場所へ案内した。

「ご注文がお決まり次第お呼びください」

お婆さんは人の好さそうな笑顔を浮かべてメニュー表をテーブルに置くと次の客の対応に行ってしまった。

この店は和風なのにどこかヨーロッパの雰囲気を醸し出していて人気があるそうだ。

奥には座敷や椅子の席もあるらしく、時代のニーズにあった家具を取り入れているのだろうと僕は勝手に予想した。

「なににしよっかなぁ〜」

彼女は早速メニュー表を広げて視線を上下に動かしていた。

僕もメニュー表を開き、飲み物の一覧に目を通した。

彼女は僕が決まってないのにも関わらず手を挙げてお婆さんを呼び寄せた。

「すみません。私は、この三色彩りお餅セットと緑茶で。君は?」

僕は彼女に気がつかれないようにため息を吐き、メニュー表の一部分を指差して注文を告げた。

「コーヒー一つお願いします」

「かしこまりましたー」

お婆さんは注文を確認するといそいそとメニュー表を持って引き上げていった。

「君、ドリンクだけでいいの?他にもデザートいっぱいあるのに」

彼女が心配そうに僕を見てきた。

「今、デザート食べる気になれないんだよね。お腹、空いてないし」

朝食が美味で調子に乗り、いつもより多く食べすぎたのも原因だと思う。

「ふーん。私はデザート別腹なんだけど、そうじゃない人もいるんだねー」

「あのさ、君中心に世界が回っているって思わないでくれる?」

僕が呆れたようにそう言うと彼女は笑ってごめんごめん、と呟いた。

しばらくするとピンク、緑、黄色の三色に彩られたお餅のセットが彼女の前に運ばれてきた。

緑茶とコーヒーも同時に僕たちの前に置かれる。

「三色彩りお餅セットと緑茶、コーヒーでございます」

お婆さんが彼女のスイーツの説明を丁寧にする。

「ピンクのお餅は桜をイメージした物です。桜の味に一番近づけました。緑のお餅は抹茶味です。そして黄色のお餅はカスタードクリーム味です。どうぞ、ごゆっくり」

「わぁぁ!綺麗〜」

彼女は早速皿についてきた小さなフォークでお餅を突き刺す。

「いっただっきまぁす」

僕も手を合わせてコーヒーを堪能する。

コクの深い味が口内を埋め尽くしていく。

「おいひぃ〜」

彼女はカスタードクリーム味のお餅を口の中に入れて頬に手をあてながら言った。

彼女は僕のコーヒーが入ったカップをしばらく凝視したかと思うといきなりお婆さんを呼び寄せた。

「あの、メニューもらえますか?」

彼女はお婆さんからメニューを受け取り、スイーツが紙一面に書かれているページを捲りながらじっと考える素振りをみせた。

「君はまだ食べるの?」

僕はまだお餅が残っている彼女の皿を横目で見ながら尋ねた。

「違うよ。私のじゃなくて君の。あ!これ、美味しそう。すみませーん」

「は……?僕はコーヒーだけでいいんだけど」

「いいの!少しくらい食べなさい!」

彼女は僕に向かって命令口調で言った。

「えっと、名物餅勢揃いセット一つ、お願いしますー後緑茶のお代わりも!」

「かしこまりました。」

お婆さんが机を去ってから僕は慌てて言った。

「ちょっと待って。名物餅勢揃いセットって一番量が多くて値段が高いやつだよね?」

僕が不安の色を滲ませた声で聞くと彼女はそうだよ、と言うように大きく頷いた。

僕は大袈裟なほどにため息をつく。

「僕、お腹空いてないんだって。そんなに食べたら胃がもたれるよ」

「そんなため息つかなくてもいいじゃんー」

彼女は呆れたような目をして僕を見てきた。

僕が彼女の視線から逃げるように窓の方を見るとそのタイミングでお婆さんが中皿に盛った色とりどりのお餅を持ってきた。

「名物餅勢揃いセットでございます。ごゆっくり」

お婆さんはテーブルに皿を置くと急いで次の客への対応に回った。

「わぁ!美味しそうじゃんー!一口食べていい?」

彼女が目を爛々と輝かせ、自分の小さなフォークを僕の皿に向けながら言う。

「いいよ。僕、食べないから全部食べていいよ」

「えぇ!?それじゃ、頼んだ意味ないじゃん!」

彼女が少し怒ったように言ったがお餅を口の中に頬張った途端、彼女の顔に笑顔が広がった。

「おいひぃー!君も食べなってー」

彼女は僕が抵抗するのにも関わらずピンク色のお餅を僕の口の中に突っ込んでくる。

「ちょ、ちょっと!あ。美味しい……」

ピンク色のお餅は口の中で溶けるような後味がさっぱりする味だった。

きっと彼女が頼んだ皿と同じお餅だろう。

彼女は僕が許可したからか遠慮せずに次々自分の口にお餅を放り込んでいく。

「次はこれ!君もきっと美味しいって言うよ!」

「え、ちょっと!」

また、彼女は僕の口の中に青色のお餅を入れる。

「これはねぇ……ソーダ味だって!」

「うえ……」

予想外の味だったため、変な声が出てしまった。

他にも色彩豊かなお餅を沢山堪能した。

先程までお腹いっぱいだったはずなのに気がついたら彼女に手伝ってもらい、中皿いっぱいに並べられたお餅を全て食べ切ってしまった。

「じゃあ、次はねぇ……」

彼女が情報誌を広げながらショッピングのページを見ている。

僕はそんな彼女を穴が開くほど見つめていた。

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