第6話 夏休みはもう間近

次の日、病院にお見舞いに行くと、

「もうすぐ夏休みじゃん?一緒にどっか行こーよ」

彼女は待ちくたびれた顔をして言ってきた。

僕の住んでいる地域は花火大会が学校の夏休みよりも早くに行われる。

「どこ行ってもいいけど友達とかの約束すっぽかしたりしないでよ」

「分かってるってー……って君一緒に行ってくれるんだー」

彼女が驚きを隠せないとばかりにこちらを見てきたので僕は面食らった。

「寂しそうだからついて行ってあげるだけだよ」

そう言うと彼女は「素直じゃないなぁーまぁ、嬉しいけどねー」と言って笑った。

「ねぇねぇ、どっか行きたいとこ、ない?」

「どこでもいいよ。好きなところ行けば?」

「本当に素っ気ないなぁーじゃあ適当に決めとくからね」

「いいよ……変な所にはしないでよ」

「変な所って……君ねー私を何だと思ってるの?私そんな趣味ないから」

「どんな趣味?」

「お母さんに情報誌とか買ってもらおうかなぁ」

相変わらず人の話を聞かない奴だ。

「君のお母さんの教育主義っておかしいの?」

「教育……何?おかしいわけないでしょ?君は一体何を考えてるの?」

「教育主義。お母さんに小さい頃教わるでしょ?人の話は最後まで聞く、って」

「え?さっき最後まで聞いたよね?」

「うん……そういうことでいいよ」

最後まで聞いていても実際あまり耳に入らず流しているのは事実だ。

「私さぁ、流れ星が好きなの」

「へぇ、僕も好きだよ」

「おぉ!もしかして気が合うかも……?でね、できたら流れ星見たいんだけど」

「流れ星ってそう運良く落ちてくるものじゃないと思うけど」

「でも、見たいのー小さい頃に一回見たことしかないから」

「十一月ぐらいに獅子座流星群があると思うけど」

「獅子座……何?それって流れ星!?見たーい!」

獅子座流星群ししざりゅうせいぐん。君って本当に無知だね。毎年十一月に落ちる獅子座に放射点を持つ流星群だよ」

「君、物知りだねー見たいけどまだ先だね……」

「そうだよ。君が見たいって言うから教えてあげたんだけど」

「そうだねーあ!そういえば君、美花になんか言われた?」

「言われないけど……」

「そっかー美花すっごく良い子でしょ?あまり話したことのない君に挨拶までしてくれたんだよ?」

「挨拶をするのって当然でしょ……?」

「そうだけどー」

「しかも君の親友の挨拶は挨拶とは言わないからね」

「『どーも』って挨拶でしょ?君もなんか返しなよー」

「どーもって言われてなんて返せば良いの?」

「どーもって同じこと返すの」

「おうむ返し……」

「おうむ返し?って何?おうむを貸し借りしたりするの?」

「君、頭大丈夫?おうむ返しは同じ言葉を返すこと」

「へぇーそうなんだーって、私が頭悪いんじゃなくて君が物知りなの」

「あぁそう」

おうむ返しなんて普通、高校生なら知っているはずだ。

基本知識だ。

「君は本を読まないの?」

「漫画なら読むけどね、本はつまんない。文字の羅列で。意味分かんない」

「じゃあ、君、現国のテストは相当点数悪いね………」

「えー?そうでもないよ?六十点くらい?上出来じゃない?」

「普通八十点は超えなきゃダメでしょ、君の基準はおかしいと思うよ」

「おかしくないよー美花だって七十点だったもん!」

「君より高いでしょ?って個人情報でしょ?それって」

「あっはっはっはぁ個人情報って点数だけで?君の基準もおかしいでしょ?」

笑いまくる彼女を見てため息をつき、「あぁ」とだけ言っておいた。

「君ねぇ、人のこと見てため息つくのやめてよ。私がなんか変みたいじゃん」

「君はいつも変だよ」

「ひどーい!私が変態って最低―!」

「君ねぇ……」

言いかけたがやめた。

どうせまた抵抗されて正論を言うのは彼女だ。

それでもどうして『変』が『変態』に変わるのだろうか。意味が分からない。

「今日も親友来るの?」

「今日は来ないよ。部活が長引くって言ってたから」

「あっそ」

「あっそって本当に素っ気ないー」

「僕もう帰るね」

「えーまだいてよー今日は美花も来ないんだしさぁ」

「僕は用事があるから。君は夏休みのプランでも立てといたら?」

「用事って本当はないでしょ?私には全部見えてるよー」

彼女は一体何を言いたいのだろうか。

「そう。じゃあ」

と言い残し、僕は後ろ手でドアを閉めた。

ドアの向こうで彼女がまだいてほしいのかギャァーと叫ぶ声がドア越しによく聞こえた。

僕は彼女の声を振り切るようにエレベーターに向かって歩くと急いで彼女の病室に向かう看護師さんの姿が見えた。

きっとさっきの声を聞きつけたのだろう。

何事かと見に行くつもりだ。何があるわけでもないのに、わざわざ病室まで見に行く看護師さんの手間が可哀想だった。

よっぽどなんでもないですよ、と声をかけようかと思ったが丁度その時、エレベーターの扉が開いたので僕は仕方なく乗って家に帰った。

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