後編



そして次の日の放課後、約束通りにボクと愛美まなみが一緒に帰るものの、肝心のあのに出会えなかった。


「ま、仕方ないねー。じゃあ明日も一緒に帰るって事で、ね?」


「…居なかったから仕方ないね。でも愛美まなみ、なんか喜んでない?」


ボクがジト目で見ると、ちょっと焦った感じに胸の前で手の平を振る。


「そ、そんな事ないよ。アタシが言うのが本当だって見せつけたいだけだし!」


「…まぁ、あのと仲良くなれるならそれでいいけどさ」


愛美まなみは「そーそー、そーゆー事!」とボクの背中をバンバンと叩く。


何気に結構痛いんで、あんまり叩かないで欲しいんだけど。


でもこんな事言うとまた「体鍛えてないからだよ」ってバカにされるからなぁ、とボクは黙る。


これだけされてあのと仲良くなれなかったら、絶対死ぬほど文句言ってやるんだからな。


ボクがそんな事を思いながら軽く睨むと、さすがに背を叩くのを止めてくれた。



そしてボク達はなんてことない事をダベりながら家路へと着くのだった。





そんな事が数日続いた後の放課後、とうとうあのが塀の上に座って欠伸をしているのを見つける。


「あー…もしかしてあの猫?」


「そうだよ、愛美まなみ!、あのだよ!。早く仲良くなる方法教えてよっ!。ってか、なんか残念そうな顔してない?」


愛美まなみは「そんな顔してないよっ!」って言いながらボクにその場で屈むように指示して、自分も屈む。


そしてあのを驚かさない様に、ヒソヒソとボクにやり方を教えてくれる。



「まず、猫が逃げ出さない距離で目をじっと見るの」


「まず目を見る…」


ボクは説明している愛美まなみの目をじっと見る。


「それからゆっくり目をつぶる…見えない間に逃げられるとバカみたいだから、薄目程度で止めていいから」


「薄眼にして見る…」


説明しながら愛美まなみが目を閉じるので、つられてボクも目を薄目にする。


「それから小さな声で『大好き』って言う」


「大好き…」


愛美まなみが淡々と説明するので、ボクはごく自然にその通りに従う。


「……………私も、大好き」


「…………………えっ?」


目の前の愛美まなみがニカッといたずらっぽく笑うと、急に立ち上がりボクに背を向ける。


今何を言われたかイマイチ理解できてないボクは屈んだまま目を見開き、立ち上がった愛美まなみの背を見る。


「と、とりあえずやり方は教えたから、早く行ってきなよっ」


「あ、うん………」


ボクは状況が良く分からないままながらも、大きく回り込んであの猫の正面に立つ。


そして目を合わせてゆっくりと目を閉じていき、一応小さな声で「大好き」と唱える。


それを数度繰り返すと、あのも目を閉じてくれたので、恐る恐る近付いていく。



このが居なかった日に愛美まなみから『手を伸ばす時は上からじゃなく下から、手の平を差し出す感じで』と言われたのを思い出す。


ボクはその教えの通りにゆっくり手の近付けていくと、そのはボクの手の平をクンクンと嗅いでいる。


それからゆっくり手を動かしていき、顎の下らへんを指先で触れると、軽くくすぐる様に動かしてみる。


すると、どこから出てるのか分からない「ゴロゴロ」という音が奏で出されていく。



愛美まなみっ!。すごいよ、このがゴロゴロ言ってるよ!」


感極まったボクが愛美まなみの方へつい大声で呼びかけてしまったために、あのは驚いて塀の向こうへ消えていった。


「あ………」


ボクは虚空に手を差し出したままの少々間抜けな格好のまま、大きくため息を吐くのだった。




それからボクはトボトボと、まだ背を向けたままの愛美まなみの方へと戻ってくる。


「驚かせて逃げられたけど、ホントにあのと仲良くなれたよ。ありがとね、愛美まなみ


「そ、そう……ほら、やっぱアタシの言った通りだったでしょ」


まだ背を向けたままの愛美がそう言って笑ってるけど、その笑いはいつもの楽し気な感じでなくどこか白々しい感じがした。


「ところでさ、さっき愛美まなみが言った事なんだけどさ…」


ボクはどう言ったものかとシドロモドロになりながら、背に言う。


ゆっくりとこちらに振り返る愛美まなみの顔は夕日が映ってるのか真っ赤になって見えた。


ただ視線は合わせてくれず斜め下を見ながらボソボソっと何かを言っている。


「…アタシはちゃんと言ったし、返事聞かせて欲しいかな…とか」


「あ、その…えっと…愛美まなみの事は嫌い、じゃないとは思う…」


ボクのそんな煮え切れない発言に、キッとこちらを睨む愛美まなみ



ボクはそんな愛美まなみの目を見ながら、ゆっくりと目を閉じる。


目の前の反応がないので、もう一度目を閉じると、同じ様に返してくれたので、ボクはハッキリと言う。


「ボクも愛美まなみが好きだ…もっと仲良くなりたい」


良太りょうた…」


何か言いたいけど言葉が出てこない感じの愛美まなみへと、ボクはおずおずと右手を差し出す。


ボクが何をしたかったのか理解してくれた愛美まなみはボクの手をギュッと握ってくれた。


「さ、帰ろう。あのとはまた今度仲良くなるよ」


「そっか。がんばれがんばれ。良太りょうたなら上手くやれるよ」


目の前の夕日よりもまぶしい笑顔で、愛美まなみがボクにニカッっと笑う。



そしてボク達は並んだ二つの影を長く伸ばしながら、並んで坂を上って家路へと歩いて行く。


そんなボク達を、いつの間にか戻って来ていたあのが塀の上からじっと見ていたなんて、浮かれていたボクが気付く事なんか無いのだった。



=fin=








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夕焼けと猫 更楽茄子 @sshrngr

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