夕焼けと猫

更楽茄子

前編



どこかぎこちなく手を繋ぎ、並んで歩く2つの人影がある。


女の子が必死にしゃべりかけて、男の子はそれに戸惑いながらもひとつずつ答えてゆく。


そして2つの人影は楽しそうに話しながら、坂の向こう側へと見えなくなっていった。


そんな2人の少しだけ前のお話。




通学路の途中で良く見かける猫がいる。


いつも通学路途中の家の壁にちょこんと座って、通りすがる人々をじっと見ている感じの猫。


茶色に細かい色が混じった、まるでべっ甲飴みたいな色合いの猫…気になって調べてみると『さび猫』と呼ばれいている柄らしい。



心無い小学生たちが「わー、なんか汚い色―」とか言ってたけど、ボクはそう思わない。


光の当たり方で微妙に色合いが変わるし、光を受けた体毛がオレンジに見えるところなんかすごくきれいだと思う。


子供がなんであんなきれいなに『汚い』とか言えるのかと、本気で不愉快になる。



そのは小さな鈴のついた水色の首輪もしてるし、毛並みもとてもきれいだ。


きっとどこかの家で飼われているなんだろうと、ボクは勝手に思っている。



最初にこのと出会った時、何も考えずに頭を撫でようと手を伸ばしたら、すぐに立ち上がって壁の向こう側へとピョンと消えていった。


ボクはその時「気難しいなのかな?」程度にしか思ってなかったけど、よく考えれば分かる事だった。


自分よりはるかに大きい知らない人が、いきなり頭上から手を伸ばして来たらそりゃビックリして逃げるよなって納得する。


そんな訳で、今度会った時はもっと別の方法で仲良くなれないかと試そうと思った。




それから出会う度に色々な方法でコンタクトを試みてみる。


まぁ『会う度』とは言ったものの、同級生が見てる中でやるのは恥ずかしいので、周囲に人がいない時だけなんだけど。



とりあえずTVなんかでよく見る「チッチッチッ…」って言いながら途中で採ってきた『ねこじゃらし(ブタ草)』を振ってみた事もある。


それは散々小学生達にやられ尽くしたのか、全く反応はしてくれなかった。


もちろん近付いたとたん、壁の向こうに消えていったのでこれは大失敗である。



他にも人差し指をゆっくり近付けていくと、その指先をクンクン嗅いでくれるってのもよく見かけるのでやってみた事もある。


見かけたそのにゆっくり人差し指を近付けていったところ、立ち上がり背を丸め明らかに警戒された事もあった。


結局この時も逃げられたので、これまた失敗である。



最終兵器のチュールを差し出すって手も考えたんだけど、他所よそに仲良くなりたいからと勝手に何かをあげるのは色々まずい気もする。


もしかしたら人間みたいにアレルギーとかあるかもしれないし。



そんな訳で、ボクとそのの『仲良くなる大作戦』は進展がないまま日数だけが過ぎていった。




そんなある日の夕方、学校帰りの途中で塀の上で大きく口を開けて欠伸あくびをするあのが遠目に見えた。


欠伸してるって事は結構リラックスしてるんじゃないか?。


これは千載一遇のチャンスかもしれないと、ボクはゆっくりとそのに近付いてゆく。



早い段階でボクに気付いたそのは、こちらをじっと見ている。


塀の上でまだ立ち上がってこそいないものの、ボクが近付く度にビクッと反応しているのが分かる。


それでも逃げずにそこに座ってくれてるので、これはいけるんじゃないか?。


ボクがそんな事を夢見ながら一歩、また一歩と近付いて行って、もう少しでこちらに向けているそののお尻に手が触れる…というところで大きな声が響く。


「あっれー?。良太りょうたじゃん、なにやってんのー?」


そう言いながら小走りでボクへと近付いてくる気配に驚いて、あのはまた塀の向こうへとピョンと消えていった。


「あー…」


ボクは最大のチャンスをつぶした張本人の方を振り向いて、軽く睨みつけてみる。


「え?。な、なに?。良太、なんか怒ってない?」


「怒ってないけど…でもちょっとムカついてる」


張本人は「なにそれー?」と笑い、全然反省の色は見えてない。



ちなみにこの張本人は、同じ学校でクラスメートの愛美まなみ


小学校からの腐れ縁でそれなりに仲はいいけど、一緒に遊んだりしたりするほどでもない。


ボクと違って運動が得意で、運動系のイベントでは何かとボクにつっかっかってくる。


もちろん毎回ボクのボロ負け…正直腹が立つレベル。


逆にテストとかなら勝てる気はするんだけど、そういうのは勝負を挑んでこないのでボクに勝ち星がつく事はなかった。



じゃあボクから勝負を挑めばいいじゃん?、とか思う人がいるかもしれないけど、それはなんか…男らしくない気がして、恥ずかしくて。


そんな訳で、愛美まなみの事がキライとかじゃないんだけど、なんか苦手意識だけはあるっていうのが本音だった。



「…で、ホント良太りょうたはこんなとこで何やってたの?」


「…なんでもない」


猫と仲良くなろうとしてたとか言うと絶対にバカにしそうなので、ボクはなんとなくその事を隠す。


「壁の向こうに逃げた猫を触ろうとしてたとか?」


「な!?…し、知ってたなら訊くなよっ!」


怒るボクを見て、愛美まなみはケラケラと笑っている。


人を困らせておいて笑うとか、本当に子供っぽくてイヤになる。



「でもさー、あれじゃダメだよ。アタシ来なくてもどーせ逃げられてたし」


「な、なんでそんな事分かるのさ!?。今までで一番近付けてたし、絶対いけてたし!」


ボクが文句を言うのを適当に流しながら、愛美まなみがニヤリとした。


「あの猫と仲良くなる方法、知りたい?」


なんか嫌な予感しかしないし、きっと適当な事を吹き込んで、それをやってるボクを見て笑う気なんじゃないかとボクは思う。


「べ、べつに愛美まなみなんかに頼らなくても上手くやれるしっ」


ボクは愛美まなみからプイっと顔を背けて、拒否の意思表明をする。


「ちなみにアタシんち、猫2匹飼ってるしぃ…もぅ、超かわいいんだよ?」


「う…猫飼ってるんだ…」


甘い誘惑につい愛美まなみを見ると、ニヤーっと口端を上げた。


「…で、仲良くなる方法、知りたい?」


「ホントに仲良くなれるなら…」


愛美まなみはボクの肩をバンッと叩いた。


「じゃあ、また今度あの猫がいる時にね。とりあえず明日一緒に帰ろう?」


「そんな出し惜しみしないで、さっさと教えてくれればいいのに…」


ボクがブツブツ不満を言ってると「仲良くなれたらちゃんと、その場で感謝して欲しいしね!」と愛美まなみは言う。



そんな訳で、ボクと愛美まなみは、なし崩し的に明日一緒に帰る事になるのだった。




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