第2話 Killing Me Softly
Killing Me Softly 私の心を愛撫する。
狂おしいくらいに。
カシスソーダは卒業したはずだったのに、ポピーレッドの海に沈む氷を眺めている。
見つめながら私を優しく殺して。
あなたの手で、ゆっくりと私の全てを殺して。
熱にうなされているのは私だけじゃないよね。
カシスの蜜に溺れているのっておかしい?
歌を聞かせて。
今夜くらいは。
チロさんの歌を。
ハミングでも構わないから。
「チロさん、私ね。カルーアミルクとか、カシスソーダばっかりだったんだけど」
チロさんのハミングに、私は優しく殺されてしまうの? けど、楽しそうな横顔。
音符たちがはねている2度目の夜。
「んで、いつの間にかビールになって・・・だけど、
やっぱり好きじゃないです。周りに合わせてただけだから。それに大人じゃないし」
チロさん、こっち向いてよ。
そんな私のひとり芝居。
「だけど、子供って言われる歳でもないし・・・やだなぁ」
しなやかな手の中で、弄ばれるタンブラー。
「チロさん?」
「なに?」
「聞いてます?」
「聞いてたよ」
「なら良いんですけど」
「・・・」
「チロさん、困ってます?」
「なにが?」
「怒ってませんよ」
初めて仕掛けた私からの罠。
優位になりたい私の幸せな甘え方。
「ミチ・・・酔ってるな」
「酔ってませんよ」
「はいはい。酒豪だもんね」
「お酒なんてー」
びっくりしている私の胃が、ひっくり返った音を出した。
恥ずかしいから早口になる。
「楽しくなっちゃった」
「深酒はやめなよ、しゃっくり姫」
「良いんです」
「なんで?」
「仕事。辞めました」
「辞めた?」
「ハイ。立派なニートです」
「そっか・・・」
「逃げちゃいました」
「うん」
チロさんは目を伏せていた。
どうしてだろう。
秘密の世界を知らない私。
「チロさん」
「なに?」
「もう一杯、飲みたいです・・・」
「いいよ」
「わぁーい」
「その前に。氷水な」
しゃっくり姫は魔法の氷水を飲み干すと、再び陽気に笑い始めました。
チロさんの声が聞こえて来そう。
やっと見つけた。
綿菓子みたいな時間の過ごし方。
「チロさん、あのね、アレやってみたいんです」
「アレ?」
「えっと、なんだっけ、ドラマとかであるやつで、わかんないけど、店員さんがお客さんが好きそうなカクテルを出してくれるやつ・・・あ、しゃっくりとまってる?」
「あんね、確かに」
「ありますよね!」
「だったらミチは氷水じゃん?」
「いやだいやだあ」
男の人には出来ない甘え方。
女同士。
素直に笑える私の素顔。
楽しいゲームの開催に、チロさんは困り顔で了承してくれた。
「やったあ。チロさんありがとう」
「その前に」
「え?」
近付くチロさんの顔。
ちょっと紅色の頬。
熱く火照るわたしの身体。
「綺麗な髪してんだな」
「近い。顔近いですよ」
「待って」
「え?」
「しぃ〜・・・」
「ち、近いですって」
「・・・」
「え」
kissの距離に強張る私の胸の奥。
「軽くさ」
「軽く?」
「傷んでんな」
「えっ!?」
「毛先がさ」
「はい?」
「私、元は美容師だったから。けど綺麗な髪してんな。うずらの毛みたいにふわふわじゃん」
「うずら!?・・・もお!」
「ん? 怒った?」
「怒ってませんよ」
「そんだけ頑張ってたんだね。うずらちゃん」
「頭ポンポンしないで下さい。せっかくセットしたのに」
刺激的な意地悪。
だけどキライじゃない。
もう少し、いじめられても良いのに。
不埒な関係? それとも白痴な関係? これまで生きてきて、ドストエフスキーに触れたことはないけれど、どちらでもない狂気な関係に朽ち果てながら。アフィニティに身を絡ませたい私もいる。
おかしな情事。
色んな生き方が混ざり合う世界が幻だったら良いな。
身も心も、スコッチみたいに濃密にとろけてしまうのが怖い。
そんな時は、ちょっと気取ったベルモットに救いを求めるの。
気がつかないフリを続ける私。
何を求めているの?
喉がいたい。
夢から覚める心地の悪さ。
また朝が来た。
イヤだ。
「シーリングファン・・・頭イタイ・・・」
大きな羽根がまわっている。
隣で聞こえるのはチロさんの寝息。
酔った私の罪悪感と、チロさんの吐息に埋れる私。
「キレイな背中・・・そっか、昨日飲み過ぎたから・・・」
チロさんに触れそうな私の二の腕。
「キャンドルみたいな背中・・・いい匂い・・・触れたら・・・起きちゃうのかな・・・」
触りたい。
「あ・・・」
寝返りを打つチロさんの顔。
子供みたいなほっぺ。
「涙袋・・・まつげ長いなあ・・・唇・・・ちょっと乾いちゃってる・・・けど・・・とってもキレイな長い首・・・石鹸みたいな色してる・・・鎖骨も細くてキレイ」
「ンン・・・」
「・・・唇・・・近い・・・あッ」
「おはよう」
「あ!お、おはようございます。イタ・・・頭が」
「朝メシ、食えるか?」
「あ、あの、いえ、あ・・・」
「食ったら帰りな」
「あ・・・チロさん家に私・・・」
「べろんべろんだったよ」
「ごめんなさい!私!なんかホントにごめんなさい!」
「いいよ。出来たら呼ぶからまだ寝てな」
「お手伝いしまーイタっ!」
「結構」
「はい・・・」
「暑くないか?」
「はい。ちょうどいいです」
「ん!了解」
シーリングファンの音がしている。
疑心暗鬼の私の痴情。
チロさん、まさか寝たふりしてたの?
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