第3話 イングリッシュブレックファストティー

有機野菜のサラダと無精卵のスクランブルエッグ。そして胚芽パンにイングリッシュブレックファストティー。生きる為だけにループする私の中に刷り込まれたあいつの陰。


ティーに入れるメイプルシロップは、あいつ好みのアクセント。

サラダの海で居心地悪そうにしているセロリもそう。スクランブルエッグに添えられたサワークリームもそう。


逃げ出したい私は、胚芽パンをベイクする。

けれど・・・そんな必要もないのかな。


いつもと違う、フォークとスプーンが奏でるカルテットをもうちょっと楽しんだって良いよね。

ヴィオラは・・・。

だあれ?

ミチ?

あなたなの?


「美味しい?」


泣き虫の可愛いおちびちゃん。

ハムスターみたいに膨らんだ頬。

互いを知らない女ふたり。


「美味しいです」


ミチの声は私のシーリングミュージック。


「ありがとう」


「いえいえ。滅相もない」


「そっか?」


「そうです。お礼をいうのは私ですから」


「そうか?」


「それに」


「ん?」


「楽しいし」


「そうだな」


「ゴハンは一人じゃ淋しいから、なんだか得した気分です。ラッキーです」


「そうだね」


「チロさんは?」


「なに?」


「あ・・・あの・・・」


「なんだよ」


「どうしてチロさんって、呼ばれてるんですか?」


「私、クォーターなんだよ。じいちゃんがオーストリア人でばあちゃんが日本人。チロルの出身だって。だからチロルでチロさん」


「ヘェ〜、どおりで」


「どおりで?」


「綺麗な人だなって・・・」


「ありがとう」


「謙遜しないんですか?」


「褒めてくれたのはミチだろう?」


「ですね」


チクタクチクタク無限のループ。

毎日が、こんな朝なら素敵なのに。





おちびちゃんの真っ直ぐな瞳。

偽れない私と、偽りたい私。

せめぎ合うのは勝手だけど、穏やかな空気に尻込みするのはいつもの癖。

望んでいるのに・・・。


「けどさ」


「はい」


ミチ、今頃になって現れたのは何故なの?

どうして?


「ガイジンみたいだろ?」


「い、いえ、そんな」


「異質なんだ。私って」


「そんなこと無いです!普通だから!素敵な人だなって」


あまり優しくしないで。

怖いから。


「てかさ。ホントは違う事聞きたかったんだろ」


「え?」


「いきなり名前の質問なんかしないって。あ!」


「え?えっ?」


「恋人いるんですかあ?みたいなやつだな」


「えっ?えっ?」


「企業秘密でえーす」


「ええーっ」


「ほら図星!」


「ひどいひどいひどい」


仕合わせって、こんな感じだった?

ミチ・・・私どうすれば良いの。

素直に笑えそう。

チクタク流れる優しい時間。


「あのね、チロさん」


「ん?」


「私単純なんだ」


「いいじゃん」


「よく騙されちゃうんですよね」


「え?」


「あ。いや、ごめんなさい」


パズルのピースがはまらない。

もっと知りたい反面、知られたくない私のあまのじゃく。


「あ、そう言えばさ・・・いや。いいや」


「ええーっ!なんですかなんですか?」


チクタクチクタク揺れる想い。


「いや、いいから」


「チロさんがふって来たんですよ。気になるし」


チクタクチクタク偽る私。


「あ。わかったチロさん・・・」


「なにが?」


「あの日なんで泣いてたんだ?ですね?」


「さあね」


「企業秘密でえーす」


「なんの企業だよ」


チクタクチクタク素敵な時間。

チクタクチクタク無限のループ。

無駄な時間と無駄な記憶って言うくせに、最期に残るのはただの記録だよね・・・。

刷り込まれていく。

無意味な程愛しい時間が・・・。

音を立てながらチクタクチクタク。


お願い。


これ以上。


愛されると怖いから。


私は。


異質だから。


来ないで・・・。


だけど。


大好きなんだよ。


今は。

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