1-8 弾幕/5F3E 5E55


 奥から怒号と悲鳴が木霊し、わたしの護衛役二人の兵士以下、靑鰉兵六人が戸口の方へ集結する。


「またブツを逃される前に片付けるぞ」


『そっちへ新手が押し寄せてきてる。十何人ほど車庫から逃げ出している一方で何人か残留しているな』

「裏通りから牛が放たれました!! 市中に混乱が起こっています」

「貴様ら、只じゃ返さねえぞぉっ」


 一階は応接間に七人、二階は欄干から十二人。奥からわんさかと銃火器刀剣の実演会かの如く、荒くれ者が姿を顕していく。弾幕の雨霰が飛び交い、表通りにまで流れ弾が飛んでくる状況にわたしやアラヤは、集結した装甲車に身を隠していた。そんな中ケナは恐れる様子もなく、四尺三貫もの重い機関銃を抱え大立ち回りを見せ、全て一瞬かと思うほどに撃ち殺し尽くしていた。


『被弾確率が十割を超える危機的状況だと伝えようと思えば...... 全く。さらには測度に重みを感じると思えば、さては私の処理能力を間借りしたな』


「なんのことはない、屍喰しぐらいや引剥ひきはぎの徒党でも雇ったのだろう。犬ころより半端な電脳と眼の球とは笑えんな」


「ケナ!無事なの!?」


「お姫様に心配されるほどのことはない、かすり傷一つないさ。全く身を隠すものもないあの空間で堂々と棒立ちしてたってのに、何を撃っていたのか知りたいよ」

 扉を蹴破る音、撃ち切った機関銃を打ち棄てる音が通信の向こう側に響く。通路の暗がりから出てくる徒党を次々と、極めて冷静に撃ち倒していく。軍用の特殊視覚機器を埋め込んだ者や、民間人向けの義手義足に身を纏ったもの。先程の応接間に集結した者たちも含め、機装化している者は多くとも統一性がない。一瞬のうちに観察し、殺すべきか殺さざるべき者か。その判断速度は恐ろしいものだった。


「うああああああっ」

 物陰から飛び出し、泣き叫びながら機関拳銃を乱射する、小さな人影。反射的に侵電を仕掛けるも、電脳化されていないそれには通じず被弾する。それにも怯まず彼は突進し、その手から銃を跳ね飛ばし床に臥させる。


「......おい、そいつは......!」


「見ていたかアラヤ。恐らくは雇われたこいつらに従属していた娘だろう」


 さらに扉を力尽くで突破すると、広い車庫へと出る。主たる輸送手段は牛車のため荷車が多く留められているが、その中に一輌のみ自走車輌がすでに駆動音を鳴らしながらそこにあった。

 部屋をもう一度見回せば、貨物車の運転席に一人、そしてもう一人の少女を小脇に抱え小銃をこちらに構えたり腰の小男が一人。その装束はカラタケらと同じ兵衣であった。車庫の出入口はすでに靑鰉兵の銃口と彼らの装甲車で囲まれている。


「投降しろ、逃げ道はすでに途絶えた!!」


「来るなあっ、このアマがどうなってもええのか!!」


「存分に撃ち殺せばいいだろう、そいつが生きていようと死のうとお前の行く末は変わらん」


「おいおい、そりゃないだろうケナ」


 冷たく言い放たれたその言葉に、周囲は凍りつき、アラヤのたしなめる声の残響のみが響いていた。いや…… ケナの後方、廊下の方から、ドスドスドスという怒りの込もった大きな足音が近づいてきていたのだった。


「その娘が何したってんだ、下衆野郎!!」

 背後から飛びかかった兜面頰を被ったその人影はケナの首を裸絞めにした。思いもよらぬ襲撃に靑鰉兵が駆け寄る。

「莫迦野郎、殺されたいかっ、 離せっ」

 ケナの背丈は五尺八寸四分。十分というべきか非常に背の高い部類だが、締め上げる男の上背はそれを少し凌駕している。力任せに反り返る体に引っ張られ、ケナの踵は浮かび上がった。

 もがく肘鉄が脇腹に入る四発目、うめき声をあげて兜の男が俯く。その瞬間を見逃たずケナは前に屈みつつ絞める腕に手を差し込み、さらに追撃の肘打ちに男がよろめく。力を失ったその巨体を背負い、投げ飛ばした。

 面頰を剥がし、抵抗する男を殴り、拳銃を抜き突きつける。

「なんだお前、子どもの癖に死に急ぐんじゃない」

 面の下に現れた顔はその体躯とは裏腹の、輪郭と意思力の薄い童の面影を強く残した面立ちだった。顳顬しょうじゅに突きつけられた冷ややかな黒鉄くろがねのそれに怯える向こう、小男と少女を向き口惜しそうに歯を軋ませる。


「よくやったスクネ!! 時間を稼いだぞッ」

 小男はなんと少女の腹部に二発撃ち込むとその細身を容易く投げ捨て、車へと乗り込む。


「なっっ!! おい、ヒキヒト!!!」

 怒号を上げた巨躯の少年は立ち上がろうとするも、ケナがそれを許さず床へ押さえ付けた。


「やめろ、ソイツを離してやれ!!」

 背後からまた声が響く、その濁声だみごえに聴き覚えがあったケナは思わず振り向く。そこには...... ナガトから靑鰉まで牛車で送り届けたあの御者がいたのだった。


「お前っっ...... ああ、ようやく合点がいった」

「合点がって何が起こっている!? おい、表通りをが駆け抜けて行ったぞ!!」


『総員退避!! 六四二式歩行戦車だ!』


 装甲車の包囲を押し切り、巨大な八足の戦車が滑り込んでくる。鋏角に搭載された機関砲があたりを薙ぎ払い、その混乱に乗じてヒキヒトなる男の自走車は倉庫を飛び出して行った。


「クソ、この孺子こぞうの所為で...... どうしてくれるお前ら」


「うわあああああ、こっちも撃ってくるどわああ、あの野郎俺たちまで葬る気じゃあああっ」


うるせえイオリ落ち着けっ、おい女腐おみなけされ、早よなんとかしやがれっっ」


「二人とも黙ってろってのっ」

 ケナや兵士、さらにはオオネも場に降り立ち肩から機関砲を拡げて一斉掃射を行っている。戦車は、どくどくと血を流し虫の息になっていく少女に被さるように居座っていた。その様を覗き見た少年は更にわめく。

手前てめえ真面まじであの娘を殺す気か、疾くどうしかしろっ」


『アラヤ、あの蜘蛛様子が変だ。擬似電脳の内在が見えない、この場の誰かがあいつを操作している!!』


「俺にどうしろってんだよ、畜生! 空間多角走査は苦手なんだ、自分かケナがやれ!!」


『射撃管制に全振りで手が回らん! どいつだ......!?』


「コウを助けねえと...... なんでまたオレらと一緒に見捨てられたんだ......!」

「だからだーまっ............! そうか、何故生かしも殺しもしなかったか気づけ、俺の莫迦が!!」

 そう呟いたケナは隠れていた柱から滑るように飛び出すと、二発、少女の頭に対機装体用の炸裂弾頭を撃ち込んだ。それに反撃した戦車の大口径弾が、ケナの腕を肩から吹き飛ばす。その衝撃に翻筋斗打もんどりうって倒れ壁に激突した瞬間、戦車もまた力を失い沈黙した。


「............コウぅっ!!」

 少年の声が、沈黙を破り響き渡る。その呼声も虚しく、もうすでに彼が守ろうとした少女は、それまでの見る影もない脳天を晒し、息絶えていた。

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