1-9 嘆嗟/5606 55DF

「全く、必要以上の無茶ばあかしやがる」

 またもや靑鰉官庁街の令外局内医院へと逆戻りしたケナであったが、二日も経たずに隻腕のままケロリと局内をアラヤと並び歩き回っていた。

「左腕が無くなるぐらいはなんとも無いさ」


「それをお前を慕ってくれる女子どもの前で云うなよ。ミゾヒメとか、イヨの前でな」


「慕われるようなことをしたつもりも、ないんだがなあ...... 必要とあらば俺は女子供だろうと平気で殺すというのに」


「それは、イヨも神妙な面持ちで見ていたよ。......あ、言っとくが俺は止めたんだがな」


「ハァ...... お前はこういう時に日和見に過ぎる」



「黙って聞いていれば、わたしをなんだと思っているの。あなたが彼女の電脳を停止させなければ事態が悪化していたことぐらい分別がついています」

 わたしはそう言って戸口の陰から姿を出し言い放つ。だがそれを見たケナは烈火の如き怒りを顔に浮かべ、わたしを見据え射抜いた。思わずその視線に背筋が凍りつく。

「......そんな目で見ないでよ。褒めてるんじゃない、あの状況下でコウって娘の電脳を乗っ取って、戦車を操作しているなんて喝破できるその判断力を」


「これからは蔵人の監視下に置き、俺たちの捜査には関わらないで貰おう。ちょうど状況範囲内における無差別侵電の可能性もあったことだし具合はいいだろう、危険だと分かっている立ち入りにお前さんを同伴させ、心的外傷を味わわせた責任を取るのにもちょうど良かろうな」


「そっ......その......あなたの視界をあなたの許可なく覗き見ていたのは謝ります。大人しくするからそんなに怒らないでください」


「自分がどのような立場にいるのか、分かればよろしい」


「でもせめてあの二人と話をするのだけは許して欲しい。きっとあの人達も被害者なのだけれど、話が拗れることもあるかもしれないから」


「......それは俺たちが許可できることじゃ無い、申め請うなら勝手にしろ」


「わたしが言うと怒ると思うけれど」

 背中を向け歩き出したそれに、強い口調で言い放つ。自分でもそのこころがわからないけれど、膝が小刻みに震えていた。

「自分の身辺に何が起こっているか知りたがっている人に対してその言い方はないんじゃないの」



 片面のみ振り返り、睨みつけるその眼には己にもわたしにも間違いはないという、毅然とした意思が篭っていた。何の驚きもなく、怒りもなく。その様は微かな義憤と苛立ちからなる反抗心を抱えた自分が、果たして稚拙なのかという疑念を起こさせる。


「好奇の心は禰古ねこを殺すと云う。一つの命しか与えられていない人間にとってそれは致命的だとは思わないか?」

 その問いかけは言葉を詰まらせ、同時に震えを収めさせた。その様を見たケナは再び廊下を歩き出し、わたしも結局それを追う。

 好奇心は人間にとって本当に致命的なのか、という出かけた問いかけは、その後しばらくわたしの喉に引っかかっていた。




 一本だけ残った右腕を使って、しとねに座する。その様を見て、匂硝子におうがらす越しに相対する二人は諸手を手錠で後ろに括られながらも、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。

「手錠を解き、茶の湯を用意しろ」

 拘務官は彼らの手錠を見つめる。それと同時に電磁石で張り付いた二つの太い鉄環は分離した。それに深々と礼をし口火を切ったのは、イオリと呼ばれた浅黒肌で濁声のかの御者だった。

「こんなことになるとは、とても申し訳ないことをした。加減は大丈夫なのか?」


「倖い俺の義手は三国技術共有下にあるところなら直に手配できる。左腕一本で済んだのは運が良かったとしか言えんな。......通常の思考戦車の射撃精度ならこうはいかん。もしかしたら操り手が驚いて手元が狂ったのかも知れない、な」


「本当だ。お前のような色男が死ぬ様は見たくないよ。ましてやお前は商売相手だったのだから」

 場を明るくしようと、イオリは笑いかける。


「ずっと、心に引っかかっていたんだ。ナガト隊伍商団。どこかで聞いたことがあるなと......。やっと得心がいったよ、お前の務め先だったんだな」


「俺は流れ者でさあ。経験を買われて就いたのは2ヶ月前だったさ。靑鰉に研修で滞在していた時にこの跳ねっ返りと出会ったものでな。まあそれ以来...... 何かと面倒を見ていたよ」


 ケナは紐閉じの冊子を開き、イオリの隣にいる長身の少年と見比べる。

「スクネ、か。十五歳、在り来りな名前だな」


「イザリオガリ」


「な?」

「ハッ、たくおめえは」

 少年は顔を上げると高らかにその音節を復唱する。

「オレにはイザリオガリという、親父から受け継いだかばねがあるんだ。そんじょそこらの平民とは違わあ」


「姓って、そういうのはそうは言わねえ。しかもおめえの親父が自称してた二つ名だってのによ」


「......ああ、そういうことか。公文書にはなかったので混乱したぞ。......イザリオガリ、と言うからには..... ああやはりか、お前の父親カネスネは漁師と。母親の名...... アラサゴのみしか記しがないが」


「母親は俺が九年前...... オレが五歳の時に流行り病で死んだ。親父もそれ以来酒浸りになってな...... 十一年前のある日無理に漁に行ったまま帰って来なくなった。......いっか何処からか連れてきたコウという娘を残して」


 わたしはその名前にはたと気づく。それはスクネが、頭を撃ち殺された少女へと叫んだ名だった。


「何年彼女と暮らしていたんだ」


「五年前、お袋が亡くなって一年経とうかという頃だった。突然親父が今日よりお前の家族だ、と連れてきて世話をさせていた。五つも歳が違うが、年月が経つごとに俺や親父の面影を映し出し始めた。確かにあれは......オレの大切な妹だったんだ!」


「なら何故あの場に何故!」

 スクネの静かな怒りに呼応するが如く、ケナの問いかけに怒気が混じる。

「あそこはただの運送屋じゃない、追い剥ぎや落ち武者の徒党で組まれた反乱勢力だったのにだ。あの徒党に女子供が入るなど、理由は一つしかない」


巫山戯ふざけるな!! 一方的にオレたちの会社を荒らし、あまつさえは罪もねえおまえのかすその女子供を独断で殺しやがって。

 身寄りのない俺たちを受け容れて、世話してくれたのはイオリや、ナガトのえれえ人らだ! あいつはいつだって...... ここにお兄といれて嬉しいって、いつだって感謝してたんだ!!」


「待て、落ち着けスクネ」


「イオリのオヤジ、あんたからも言えよ!! 会社をぶっ潰されて悔しいのはおまえも同じじゃねえのか!!」


「いや...... 悔しいといえば嘘にならあ。それよりも...... もっと早く知れればよかったな」


「......そうか、オヤジにも言ったことはなかったな」


「優男さんよ、確かにこいつとコウは仲睦まじく一緒にいた。まさか腹のちげえ妹とは思わんかったが...... こいつの悲しみもわかってあげてくれ」

 イオリはしおらしく項垂れる。それを前にしてもケナは毅然とした態度を取り続ける。


「検死の結果、そのコウという少女からは痣や打撲痕が見受けられ、初潮を迎えて間も無いにも関わらず行為の痕跡も検出された。そんなに親しい関係だったなら助けを求められたこともなく、それを隠す素振りをも何故見逃していたんだ。イオリ、お前は世話役だったというなら、あの娘が上役から何をされていたのか知っててそんなことを言う偽善者なのか、なんなんだ、お前らは?」

 苛立ちを隠さないその言葉を捲し立てられ、二人は豆鉄砲を喰らった堂鳩の如き顔していた。真っ先に弁明をしたのはイオリだった。


「本当にスクネにもあんたにも済まないと思ってる、だけど本当に知らなかったんだ!」


「知らなかったで済むかクソが!! お前んとこの会社はいつからあんな腐りきっていたんだ。社中の総てを見渡せるほどお前が重要な役にあったとは思わん、お前は下働きだったようだからな。だがだからこそ、お前のような純真な運び屋への待遇が変化したり、そういうことに気づきもしなかったのか!!?」


「本当にそうだ...... 気づかなかったんだ。五日前お前らが押しかけてきて...... ようやく気づいたのかもしれない...... 俺が生来の楽天家だからか? ともかくうちの社に弾器はじきが貯められてたり、軍用車があることに...... 何故俺は気づけなかったんだ? 教えてくれないか?!」


「落ち着け、俺が悪かった」

 異常なまでに汗を流し狼狽うろたえるイオリを、ケナがたしなめる。イオリ以上に、その横でスクネは衝撃を受けたのか、静寂に再び包まれた聴取室で、クソぉ...... クソ、クソぉっ!!と三度叫び、拳を卓に叩きつけた。


「一度打ち切ろう。休んでいてくれ。改めてコウのこと、申し訳なかった」

 そう言うとケナは立ち上がり、暗く行燈の一つしかない部屋を後にした。



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