第112話 おぞましき企み 壱

「まったく、わらわも侮られたものじゃな」


 九龍クーロンは脳天を砕かんとする太公望の蹴りを迎え撃たんと、悠然と身構える。

鱗鋼リンガン。我を鋼と化せ」

 九龍がしたのは体を鋼のような鱗で覆うだけではなかった。

「遅い!」

「ぐうッッ!」

 縮地を交えて迫る太公望の蹴りを九龍は弾いてのける。まさに早業だった。

「畜生めが……」

 反撃に備え太公望は距離を取るが、九龍はせせら笑うばかりだ。

神龍シェンロン相手に無礼な口をたたくとは良い度胸じゃ。まァ、妾の話ぐらい聞いていかぬか?」

「断る」

 アーサーが不穏な話をちらつかせつつ銃の引き金を引くのだが、

「それは残念じゃ」

 九龍は瞬時にその姿を消した。


 縮地だ、それも熟練の技により最適化されている。


「仕方ないのう……。命令じゃ、我が話を聞け」

 今度は腕をへし折ると宣言し、アーサーの腕と自らの手を絡ませた。

「ぐ……」

 威圧され、アーサーは銃を捨てた。鞘の加護があれば殺せたかもしれないが、今ないものをねだってもどうにもならない。

 もはや、その場にへたり込むしかなかった。

「――ッ! これが神龍だというのか……」

 フェイは圧倒的な力の差に愕然とし、恐怖から炎剣を落としてしまった。

「倒れている者も意識だけは戻してやろうか。聴衆は多いほうがよいからな」

 笑う九龍が手を掲げると倒れている者たちに《氣》が注ぎ込まれる。生命に作用する《陽》の氣だ。

「なんだ……?」

 妲己ダッキがかぶりを振る。まず目に映るのは、白目を剥き気絶している皓、足を抱える太公望、へたり込むアーサー、憔悴しきったフェイだった。

 そして――。

「目覚めたか、妲己ダッキ

「何者だ……?」

 見たことのない少女に妲己が体を起こそうとするが、動かない。

「おっと、動かそうとしても無駄じゃぞ。意識だけを戻しただけじゃからな」

「……その邪悪な《氣》、人ではないな?」

 妲己も功夫遣いであり仙人だ、九龍が只人ではないことぐらいはわかる。

「その通りじゃの。ほかの連中も目覚めたぞ?」

 妲己が見ると、意識を取りもどし目覚めた京たちがかぶりを振っている。

「兄上ッ!?」

 皓が倒れているのを見て叫ぶ。圧倒的に皓が優勢だったはずなのだから。

「……騒がしいな。って……何が?」

 次はアイシャが頭を掻くのだが、アイシャは目の前の光景に目を丸くしてしまう。

「ふむ。博とかいう参謀とメイズとかいう老師は意識を取り戻せなかったようじゃな。まァ、メインキャストは揃っておるからな……」

 博とメイズは体力の消耗が激しかったようで、九龍の《氣》でも回復は追いつかなかったようだった。


「冥土の土産に、我が話でも聞いていけ。そして、さらなる絶望にうちひしがれよ。はははははッ!」


 森中に九龍の哄笑が響き渡る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る