第77話 ひと時の語らい

「そうだよな、ババアから話は聞いてるが。極陰拳を使える奴なんてそうそういねェし……。」

 孤独になった遠因である妲己を目の前にして拳を握るのだが――。

「……どうした、殺さないのか、憎いのだろう。私はこの霧で供とはぐれてしまって、今ひと――」

「しても意味ねぇだろ。そこでノビてるクソ絡繰と同じところに堕ちるだけだ」

 妲己は自信を殺すように焚きつけるがアイシャは拳を叩きつけ、遮った。阿津のように復讐をするのは無意味だとアイシャなりに答えを出した、というわけだ。

「確かにアンタはいろいろやってきたが、殺したところで皆が生き帰るわけじゃねェしな。それに……」

「……それに?」

 妲己が鸚鵡返しにする。

「死んだスーとまた話が出来た。スーとはよく遊んだし仲良かったからさ……」

 最期を看取ることができたとアイシャは礼を述べるが、妲己は首を横に振る。

「いや、それは違う。あの娘を消滅させるつもりで奥義を放った。お前とあの娘との絆の強さが不可能を可能とさせたのだろう。……そうとしか思えない」

 妲己も想像していない事のようだった。西洋やこの国の学門でも理解できない現象に妲己も戸惑っている様子だ。

「お前がそれをさせたのだ。私よりもすごいさ」

 と、妲己はアイシャの頭を撫でてくる。

「いや、……好きなんだな、頭を撫でるの。いや、ババアもやたら触ってきてさ……。鬱陶しかったけど」

 普段なら払いのけているのだが、京にあまりにも似ていると吹き出したのだ。

「そうか、季子あの子が落ち込んで泣いていた時は、頑張っていた時はよく撫でてやっていた。季子には嫌がられなかったがな」

 妲己が過去の記憶に想いを馳せ、微笑む。かなりの弟子煩悩のようだ。

「だが、ズーハンには嫌がられた。まったく意図が理解が出来ないと」

 それを聞いてアイシャはまた吹き出した。ズーハンは妲己を困らせている模様だ。

「なんだ、邪仙だの大罪人だのって言われてるが、弟子がホント大好きなんだな。あんたも」

 したことは許されるわけではないが、弟子を愛するあまり己を見失っていたのだと理解できた。

「……京には悪い事をしたと思っている。あの子は季子の生まれ変わりであって、季子じゃない。それをずっと認めたくなかったんだ」

 アイシャが師に似ていると笑うと妲己は顔を伏せて心情を吐露した。数百年も死んだ弟子の事を思い続け、過ちを繰り返してしまったのだ。

「なァ、一回ババアと――」

 アイシャが京と話すように促すのだが、その時だ、声が聞こえてきた。

「妲己様!」

「妲己さま~!」

 一人はズーハン、もう一人の女の声だが、聞き覚えがないが仲間なのは間違いなかった。

「しまった、二人の手を煩わせてしまったな。行かねばならない」

「どこにだよ?」

 アイシャが妲己に訊ねると、妲己は森の奥を睨み。

「遺跡だ。私の過去の過ちを清算するためにな」

「おい、三人でか!? 無茶だ」

 無茶だというが妲己は首を横に振り、

「気にかけてくれるのはありがたいが、私を軍が歓迎してくれるとは思えん。それにあの遺跡の勝手は知っている」

 心配は無用と妲己はフッと笑う。

「じゃあ、一つだけ訊ねたいことがある。ババアの師匠を殺した道士はあんたの仲間だったのか?」

「断じて違う……ッ。不浄を滅する極陰拳の使い手としてあり得ないといっておく。だが……」

 妲己は語気を強め、否定する。功夫老師としての強い矜持が感じられたのだが、遠くを見るような目をする。

「錬は、私に相当失望していたのだろうな……。では、さらばだ。極陽の功夫遣い、いや――」

 その口ぶりから京を銀の水で人工仙人とはするまでは険悪ではなかったのだろうとわかる。そして妲己は踵を返し、森の奥へと入っていくのだが、一瞬足を止めた。


「アイシャ。もし、私たちが生きて帰れたなら、また逢おう――」

 

 アイシャを名前で呼ぶ、妲己が認めたという事だ。そして背を向け、森の奥へと入っていく。

「三人じゃ危険だっていってるだろ妲己! おい、妲己ッ!」

 だが、アイシャが何度呼んでも妲己は振り返らなかった。

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