第76話  奥義すら越えたもの

 女老師の放った奥義による黒い龍がスーを飲み込んだが、スーの消滅は免れた。

「クケケ、派手なだけか!」

「……それは違うな」

 阿津は見た目だけかと嘲るのだが、女老師は意に介さずフッと笑い。

「現世への強い執念が我が奥義すら凌ぎ切った。――いや、想いかもしれない」

「クケケケ、偉そうに言うがキョンシーを斃せなかった事実は変わらんぞ。――む?」

 阿津はまだ嘲り続けるのだが、スーを見て目を見開くことになった。

「なにィッ!」

 スーに張られていたキョンシーを縛る札が剥がれていたのだ。

「アイシャお嬢様、お久しぶりです……」

「スー……、なの?」

 倒れるスーをアイシャは抱き上げる。

「絡繰兵に殺され、黄泉路を彷徨っていたはずが……。キョンシーにされたあげく、お嬢様に刃を向けてしまい、申し訳ございません」

「いいの、そんなことはいいの! 私こそ見捨てて、ごめんなさい……」

 アイシャの目から涙が流れ落ちる。

「これは私がしたくしてした事、ご両親も守ってくれていたでしょう?」

「……スー! スー!」

 アイシャは積もり積もった感情が爆発しまい、人目をはばからず泣き出していた。

「馬鹿な。我が外法の道術を断ち切るとは……。貴様はまさか――。うおッ!」

「無粋な真似をするな。今度はへし折るだけでは済まさん」

 女老師が阿津の腕をへし折った、黙れという事だ。

「しかし、見ない間に大きく、美しくなられましたね。」

「うん、うん……。いろいろあったけどすごい老師様に師事してるんだ。ちょっと変わってるし、色々巻き込まれたけど」

 アイシャが思いのたけをスーに打ち明ける。

「すごいお方なのでしょうね……」

 と、スーは女老師の方を向く。

「高名な功夫老師様。キョンシーの呪縛から解き放っていただき、ありがとうざいました」

「私は不浄に堕ちたお前を消滅させるつもりだった。札を剥がしただけで済んだのお前の想いの強さゆえ、それは功夫遣いとして誇りに思うべきだ」

 女老師は阿津を投げ捨て、スーに頭を下げる、賞賛だった。奥義を喰らい生き残った者は女老師が知る中ではない。

「ですが、私はとうに死んでおります。死者は黄泉路に戻るが定め……。さようなら、またお会いできて――」

 そういうと、スーはぐったりとアイシャの中で息絶える。

「スー! スー! 起きてよ! 紹介したい人がいるんだって! だから起きて!」

「……」

 アイシャはまた泣き出すが、スーが目を開ける事はなかった。 

 しかし、いつまでも泣いてもばかりいられない。倒れている阿津を見た。

「殺す気か!?」

「いいや」

 死者を弄んだけでなく、錬の死因ともなり、スーをキョンシーに堕としたが、アイシャは何もしなかった。

「極陽の功夫遣いよ、憎くはないのか……?」

 アイシャは阿津に止めを刺さなかったのを見て女老師が訊ねる。

「以前の俺だったら、こいつをためらいなく破壊してたよ。だけど、コイツを潰したところで、誰も帰ってこねェのさ。それは妲己って奴もそうだ、最初は仇だと思ってだけど」

「――! そうか……、私もそんな強さが持てたらな」

 女老師はひとりごちるのだが、アイシャが再び口を開く。

「アンタさ、妲己なんだろ?」

「……」

 女老師はその問いに逡巡したのだが、口を開く。


「その通り、妲己だ。邪仙と呼ばれ、無益な戦乱を引き起こした――な」

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