第31話 聖女と魔眼

※前回の続きです。



 対の国であるサナトスとビオスには、国特有の現象が起きる。

 魔物が多く発生するサナトスには、邪を祓い魂を導く“聖女”が生まれる。一方、魔物の発生が極端に少なく、それらを見る力が弱いビオスでは、禍々しいものを見極める“魔眼”を持つ者が生まれて来る。


 ビオスの王太子──マティアス・ヴォルテーヌは、その魔眼を持ってこの世に生まれ落ちた。


「芽……ですか?」


 温室に辿り着くまでに魔眼で見た事を伝えたマティアスは、彼の言葉に首を傾げるシンシアに一つ頷いた。


「今までは種だったものが、昨日を境に成長し始めて芽生えた感じ……だね」

「そんなに急成長するものですの?」

「蒔いた本人も昨日から本格的に動き出したんだろう」


 大きな変化と言えば、今までは遠くから嫉妬の視線を向けていただけのエミリアが、昨日初めてヴァイオレットに突撃しに行き、気が狂った様に暴れに暴れた事だった。

 マティアスが現場に到着したのは暴行の後だったため、実際突撃した瞬間を見た訳ではなかったが、シリルとレイハーネフの説明を聞いて、恐らくその時に覚醒したのだと推測する。

 ずっと眠っていれば良いものを……と思いもするが、エミリアの増幅した執着や嫉妬心を知れば、それは無理な話しだということは明白だった。


「本人……エミリア・ボンネットが何か呪いのようなものを蒔いた、という事ですか?」

「表面上はそうだね。でもこれ、彼女の意志ではないと思うよ……そもそも彼女にそこまでの魔力は無さそうだったから、意志を持っていたとしても不可能だ」


 実際、エミリアの魔力は微々たるものだった。彼女が出来る事と言えば、空中に物を浮かべたり、本のページを捲る事ぐらいであった。


「では……魔物、ですか?」

「うん。正確には……悪魔、かな」


 魔物と言えど種類がある。それはモンスターだったりゴーストだったり様々だが、エミリアに憑いている、人の負の感情を育て人を呪うのは、悪魔特有であった。

 

「悪魔……」

「そう。令嬢の力の増幅が少ない所を見ると、契約ではなくとり憑いたみたいだね。いつからなのかは不明だけど、エミリア嬢に憑いた悪魔が種を蒔いて、昨日から芽を生やしてる状態」


 そんな……と、シンシアは唖然とマティアスを見上げた。

 マティアスは「いつから憑いているのかは不明だ」と言った。ならその期間が長ければ長いほど、エミリアにも周囲にも被害は拡大しているという事だ。


「接触者全てに種子散布しているって事ですよね? ……皆芽が出ると?」

「蒔かれた本人次第じゃないかな。栄養となる負の感情が大きい人ほど成長速度は早い様だし、逆に精神が強い人は芽の影もない」

「自力でどうにか出来ますの?」

「自力は無理だろうね。せいぜい俺が施した様に制御するだけ。根からごっそり引っこ抜けるのは聖女様だけだ」

「聖女様にこの事は……」

「秘密。と言っても、彼女は気が付くだろうけど」


 あくまで影の協力者を貫こうとしている夫に、今度はシンシアが頷いた。

 赤髪に青い瞳をした、崇拝する聖女の姿を頭に浮かべる。

 昨日から、聖女は動き出した。そしてこれは、彼女にとって一つの試練でもある。

 ならば決めた通り、彼女のサポートに徹するまでであった。


「でしたら、戻る際も少し遠回りをいたしましょう。皆の憩の場である中央園庭も人が集まりますわ」

「そうだね、行ってみよう。そうしたら、ついでに図書館にも寄ってみようか」

「そうですわね。きっと満足のいく結果になりましょう。……それと、ヴァイオレット様に対し蔑む者にもそろそろ制裁しなければと思うのですが」

「歩いてくるまでに色々聞いたからね。こちらからお茶会にお招きすると良いよ」


 まるでデートの予定を組んで楽しんでいるかの様に、隣国の王太子夫婦は、種の成長を抑えるべく動き出した。


 

 

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