第30話 見つけたモノ

 休暇中のユリシーズが、婚約者のマリーに会いに、馬車に揺られながら王都を走っている頃……


「クリフトフお兄様は自身の才能に気付かなさすぎですわっ」


 花弁の根元から先にかけて青く見事なグラデーションをした新種の薔薇を眺めながら、シンシア・ヴォルテーヌは唇を尖らせた。


「自分の持つ力が才能なんだと気付けるのもまた才能だからね。気付かない、気付けない人の方が多いと思うよ」


 何とも言えない表情を浮かべる妻に寄り添いながら、王国・ビオスの王太子──マティアス・ヴォルテーヌはそう言って、つい触れたくなる様な青薔薇を眺めた。

 二人がいるのは王宮の敷地内にある温室。だがそこは品種改良を専門とした研究用の温室で、二人は見学と称して訪れていた。


「これだけ素晴らしい青を咲かせられるのに……」


 青薔薇は自然界に生息していない。故に地道に配合や品種改良を繰り返してやっと咲かせるのだが……この温室で生まれた青薔薇は、全てクリフトフが咲かせたものだった。


「アホだわ」

「アホって言わないの」


 だって……、と言うシンシアの頭を撫でながら、マティアスはこの花を咲かせた義弟を思い浮かべた。

 彼は決して無能ではなかった。特に園芸に関してはイェーガー兄弟の中で右に出る者はおらず、クリフトフの園庭は他国からも人気だった。

 それに加え青薔薇の研究までし始め、こうしてしっかり結果を出しているのだから、もっと早くに気付いていればと、そう思わずにはいられない。


「まぁ、今回の件でやっと自身の得意分野を認識する事が出来たんだから、それで良いんじゃないかな? 伯爵領で研究を続けて発展させる様だし、周囲に気にするモノがない方が性に合っていると思うよ」


 実際、クリフトフが自分自身を見つめられなかったのは、兄弟姉妹の能力が高く且つ目立つのが大半の理由だった。

 たとえ仲が良くても、自分の居場所を確保するために、皆必死になって己の才能を磨き上げている。その戦いに追い付けず落ちたのであれば、厳しいが、王族として生きていく事は難しかっただろう。臣下に降りて研究を続けた方が、彼の人生にはよっぽどマシだし、褒められた方法ではなかったが、一貴族になるという彼の決断は間違いではなかった。

 見学の許可をもらいに行った際に、初めて見た義弟の穏やかさに、マティアスはそう考えた。


「この研究施設もなくなってしまうのかと思うと残念ですわ」

「伯爵になった彼の下で見せてもらえば良いんじゃない?」

「見せていただけますでしょうか?」

「蟠りはさっき解いたのだから、大丈夫だよ」


 長年ギスギスしていたシンシアとクリフトフは、この施設の見学の許可を求めに赴いた際に修復してきた。

 クリフトフが穏やかだったからか、感情的なシンシアも落ち着いて話し合っていた。肩の力を抜いて話したのは、もしかしたら、初めてだったかもしれない。


「それで……ここまの道のりでなんだけど」


 話題を替えれば、シンシアの表情もまた変わり、困った兄に頬を膨らます妹から一変、一国の王女の姿勢を示した。


「東棟から王宮一階のホールと中庭、外に出て騎士団訓練所から少し歩いてこの研究施設まで……でしたわね? 何か、捉える事が出来ましたでしょうか?」


 小首を傾げるシンシアに、マティアスは一度、頷いた。


 昨日日暮頃、マティアスは毛が逆立つ様な気味の悪い気配を感じ取った。

“生”を司るビオスの生まれであるマティアスは、魔物の気配を敏感に感じ取る事が出来る。

 その魔の気配を感じ取った彼は、その正体を掴むべく、早々に行動に移す事にしたのだった。

 己や妻に変化はなかったものの、今後何かしらの影響は受けるかもしれない。それこそ自分たちではなく、他の誰かが……という場合もある。

 なので『散歩』と称して王宮内を歩き回り、その力が何なのかを調べることにしたのだった。


「ちらほら見かけたけど……あれはね、“芽”だよ」

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