第12話 隊員は目撃する

「な、なんで……ここはクリフトフ様の庭ですよぉ!」


 所有者であるクリフトフは暫く手が離せない。だから他に人が来るとは思っていなかったエミリアは、突如として現れた第一王女の登場に困惑した。

 対して、弟の園庭に騎士を伴って登場したイライザは、彼女には珍しく、口調が変わるほど怒りを滲ませ、帯刀している剣の柄の頭をパシン、パシン、と叩いている。


「何もおかしい事はない。騎士団は王宮内外問わず警備を行っている。この園庭とて警備範囲の一つ……不審者を見つけ騒ぎを聞き付ければ、騎士が来るのは当然の事だ」


 イライザの至極真っ当な言葉に、エミリアは唇を噛み締めそうになったのをグッと堪え、得意のか弱い女性の表情を浮かべた。


(あ~あ……)


 園庭が見えるバルコニーから一部始終を見ていた、第三王子──シリル・イェーガー は、あまりの出来事に卒倒してしまった婚約者──レイハーネフ・アル・ハリーム を支えながら、目下で繰り広げられている修羅場に頭を抱えたくなった。


(ヴァイオレット嬢がひっぱたかれたからって急に飛び降りないでくれよ!!)


 肝が冷えたシリルは若干顔を青ざめながら、飛び降りて行った姉に対して胸中で抗議した。




 バルコニーから足早に離れ、部屋を出ていったエミリアの姿を目撃したのは、庭を眺めながらお茶でもしようと、丁度移動中だったシリルとレイハーネフだった。


『……怪しい』


 開口一番、疑いの台詞を口にしたのはシリル。

 男爵令嬢が招待もなく王宮内を彷徨いている事自体既に怪しいのだが、今目撃した慌てっぷりで怪しさは満点になった。

 

『一応、室内の確認だけでもしましょうか?』


 そう進言するのはレイハーネフ。

 見ていた限り何か盗んだ様には見えなかったが、何しろ信用が無さすぎる。

 無闇矢鱈に人を疑う様な事はしないレイハーネフですら、隠せないほど疑惑を滲ませていた。


『うーん……そうしようか。じゃあ、レイは俺の後ろに着いてきてね』

『は、はいっ』


 開けっ放しのドアから、室内の様子を確認して、忍び足で中に入る。

 室内には物は少なく、部屋をぐるりと見渡しても、盗まれた様な痕跡はなかった。


『……何ともなかったね』

『はい……ですが』


 レイハーネフの目線の先に、シリルも目を向けた。

 すればバルコニーに出る窓が開け放たれたままになっていて、そよそよとした風が、レースのカーテンを微かに揺らしていた。


『もしかして、クリフトフ殿下の園庭を眺めていたのでしょうか?』


 この部屋は第二王子・クリフトフの園庭に近く、彼の青色の花が敷き詰められた庭が一望できる。

 園庭を眺めるのであればまだしも、なおのこと疑問はその深みを増した。


『でも……あんなに慌てて出ていく理由はなんだったんだ?』


 顔を見合わせて、数秒間沈黙する。

 花を見ていただけなら、焦燥感を滲ませながら、急いで何処かに行く必要はなかった筈だ。


『何か……見つけたのでしょうか?』


 小首を傾げるレイハーネフに、シリルも首を傾げた。

 クリフトフを見つけたのであれば話しは別だが、彼は執務中で部屋から一歩も動いていない筈だ。

 では一体何だろうか……と、答えがあるバルコニーを二人で見つめていれば、背後から「どうしたの?」と、声をかけられた。


『イライザ姉上』

『こんなところで二人して固まって……何かあった?』


 イライザと、その後ろに控えるジャンに、シリルとレイハーネフは二人してバルコニーの方を指差した。


『先ほど、ボンネット男爵令嬢がこの部屋から慌てて出ていったんです』

『失礼ながら、その……普通のご様子ではないと見受けられたので、念のため、シリル様と室内の確認をしていたら、窓が開けたままになっていて……』

『不可解な行動に首を傾げてたのね? わかったわ……ジャン』

『はっ!』


 バルコニーにジャンが向かい、その後ろにイライザが付き、下二人も姉の後に付いて、外にに出た。


『イライザ様』

『どうしたの? ジャン』

『下の園庭に、ヴァイオレット様とボンネット嬢がいます』

『え?』

『は?』

『……なんですって?』


 園庭で起きている珍事に、三人は困惑した。

 クリフトフの婚約者であるヴァイオレットが園庭にいるのは不思議ではない。ではエミリアがいるのは一体何故なのか……。

 三人は顔を見合わせると、ジャンと同じ様にバルコニーの下を覗き込んだ。


『本当だ』

『クリフトフ殿下に許可を得ているのでしょうか?』

『男爵令嬢に夢中なクリフトフの事だから可能性は高いけど……この園庭には、私たち兄弟ですら呼ばれた事がないから……』

『一応、事情を聞いてみますか?』

『て言うか、ボンネット嬢の雰囲気最悪過ぎじゃないか?』

『何だか、破裂しそうですわ……』

『ヴァイオレット様の護衛に回りましょうか?』

『そうしてちょうだい。何かあれば──』


 四人で二人の様子を見つつ、不穏な雰囲気を打破するために話し合っていたその瞬間、バシン、という、乾く重い音が園庭に響き渡った。


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