第11話 終幕

※エミリア視点終わりです。



 クリフトフに出会って以来、エミリアは彼に媚を売るようになった。

 だってヴァイオレットの婚約者であり第二王子……しかも顔も格好良いときてるのだ。エミリアが絶対欲しいと思うには十分な相手だった。


『クリフトフ様ぁ~!』


 始めこそ「また君か」とあしらわれていたが、次第に名前を呼ばれるようになった。

 その後も、クリフトフから茶会に呼ばれるようになったり、街に買い物に行ったり、彼の園庭が見渡せる部屋に連れて行ってもらったりと、トントン拍子で関係は進んで行った。


 そんな彼女が一抹の不安を覚えたのは、クリフトフといつもの部屋から園庭を眺めている時だった。


『青いお花がお好きなんですかぁ?』


 青い花が植わり、まるで空の青をそのまま写したような庭を見下ろしながら、エミリアはそう口にした。

 確か、クリフトフの正装にも青色が入っている。

 だから彼が青色が好きなのは直ぐにわかったが、聞かれたクリフトフは数秒目を伏せた後に「ああ……青が、好きだ」と、今までにない程静かな声で答えた。


(私の好きな色はピンクなのに……)


 ふと、そんな言葉が胸に沸いた。

 エミリアが好む色は、濃い色から薄い色まで引っ括めたピンクだった。それは身に付けるものから小物、部屋の家具にまでピンクを使うほどで、それだけエミリアはピンクが大好きだった。


『その内、ピンク色のお花も植えて下さいね?』


 可愛らしくおねだりをして、見た目以上にガッシリとした腕に絡み付く。

 しかしクリフトフから返って来たのは、彼女の願いを叶えるものではなく、ただただ苦笑を浮かべるだけのものだった。

 そのクリフトフの仕草は、暫くエミリアの中に留まっていた。


 不安の色が濃くなったのは、王太子就任パーティーでエスコートしてもらう際に着るドレスを贈ってもらった時だった。


『ありがとうございますぅ~殿下!』


 ドレスを贈ってもらえるように、エミリアは今まで何度もアプローチをかけていた。


『最近父の仕事が上手くいっていないらしくてぇ~』

『母や兄弟たちが買うのを拒んで来るんですぅ~』

『それに加えてヴァイオレットさんが嫌がらせでドレスをダメにしてくるんですぅ~』


 会う度に、エミリアはクリフトフに訴え続け、その都度「自分はピンクが好きだ」とも主張してきた。

 だから執務室に呼ばれ、「今度のパーティーで着るドレスだ」と言われた時は舞い上がった。

 あのヴァイオレットからクリフトフを奪ってやった。やっと目標に近付いたかと、エミリアは歓喜に震えた。


 しかしドレスにかかっていた布を退かした瞬間、その考えは間違いだったと思い知る事となる。


 布の下にあったドレスは、てっきりピンク色だと思っていた。散々ピンクが好きだと訴えて来たのだ。ピンクしかないだろうと、そう信じて疑っていなかった。

 しかし、目の前にあるドレスは、春先に生える花を連想させるような、淡い黄色だった。


(私のピンクでも、殿下の青でも赤でもない……)


 その事実に、胸にあった不安は色を濃くさせた。

 まさか、そんな……と、一つの可能性がエミリアに襲いかかる。


(殿下は、私の事を……)


 そこまで考えて、慌てて消し去った。そんな事は有り得ない、絶対にない! と、自分に言い聞かせ、その時は貰ったドレスを嬉しがったのだった。




「はぁ、はぁ──」


 怒りのあまり息が荒くなり、血が煮え滾っているかの如く全身が熱くなった。

 目に前の赤い女──ヴァイオレットの頬は傷付き、鮮血が溢れている。自分が扇子で思いっきりひっぱたいたからだ。でも自分は悪くない。悪いのは自分を煽って来たその女だ……エミリアはヴァイオレットを見下ろしながら、心の中でそう叫んだ。


(アンタが……)


 扇子を持ち直すエミリアを、ヴァイオレットが静かに見据える。その瞳は、クリフトフが好きだと言った……


(青色だからいけないのよ!!)


 原色の青を持った瞳を、エミリアは憤怒の形相で見つめ返した。


──青が、好きだ


 クリフトフの言葉を思い出す。確かに青が好きだと言っていたが、“何の青”だとは一言も言っていなかった。

 エミリアが、ただ青が好きだと思っていたのは先刻まで。まだ執務があるからと言ったクリフトフを、終わるまで庭が見える部屋のバルコニーで待っていたエミリアが、青の花に囲まれて佇んでいるヴァイオレットを目に留めた時、今まで抑えていた感情が暴れ始めた。

 顔は、見えない。しかしいつも見ていたために、見なくても彼女の瞳が何色なのかもわかってしまう。


 嘘だ

 嘘だ

 嘘だ


 焦燥感に駆られるがままに、エミリアはバルコニーから離れると、急いで庭に降りてきたのだった。

 そして確信する。

 クリフトフの好きな青はこの青だ。花や空の青など、全てはヴァイオレットを連想するだけのものでしかないのだ。


(私の事は、これっぽっちも愛していない!!)


 屈辱だ。奪ってやったと思っていたのに、彼の心は動いてすらいなかった。


──貴女は、殿下の好みもご存知ないのですか?


「うるさいっ!!」


 再び扇子を振り上げる。しかしその腕は下ろされる事なかった……誰かが、エミリアのその腕を掴んでいたから。


「だ、誰ですかぁ!!邪魔しないでくださ──」


 扇子を持った腕を掴む相手に振り返った瞬間、エミリアの声は止まり、サッ、と血の気が引いた。


「……ここで何をしている?」


 腕を掴んでいたのは騎士団長。しかし聞こえた声は彼よりも更に後ろからで、そこに立っていた人物に、エミリアは小さく悲鳴を上げた。


「ここで何をしていると聞いている、ボンネット嬢……場合によっては、連行する」


 怒りを抑えながらも低い声で問い質すのは、クリフトフの姉であり、この国の第一王女である──イライザ・イェーガーだった。

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