第10話 悲劇か、あるいは喜劇の始まり
※エミリア視点です
※なろう の方でエミリアの名前が「エレーナ」になっていると指摘を受けて修正しました……指摘ありがとうございます。
──気に入らない
男爵令嬢──エミリア・ボンネット にとって、ヴァイオレット・オルブライトへの認識がそれだった。
貴族に生まれたからには、幼い頃からお茶会という名の戦場に出席する。その数々の会でヴァイオレットの姿を見かけては、エミリアは彼女の全てが羨ましくて仕方なかった。
何処に行っても誰と居てもヴァイオレット、ヴァイオレットと、誰もが彼女に夢中だった。公爵家に生まれ、淑女の全てを詰め込んだ彼女は、周囲から信頼と尊敬をこれでもかと集めていた。
対して自分はどうだろうか。勉学も常識もそこそこで、マナーも褒められるより注意される事の方が多かった。だから相手を惹き付ける術を身に付けたつもりでいたが、いつだったか「止めなさい! はしたない」と言われてしまった。
自分の何が駄目なのか……同じ貴族に生まれたのに、どうして誰も彼もがヴァイオレットばかり見て、自分には厳しい事しか言わないのだろうか。
(まるで、あの人中心に虐められてるみたいだわぁ)
ヴァイオレットを中心とした華やかな場を見ながら、エミリアの中で嫉妬の炎が燃え盛った。
苦手な事から逃げ回り、品がなく性を主張した誘いをしていれば、誰だって側にいようとは思わないのだが、羨ましいという目でしか周囲を見れなかったエミリアは、その事に気付く事はなかった。
(きっと、あの女が皆に言って、私の事を爪弾きにしてるのよ……そうに違いないわ!!)
間違った考えは、軌道修正される事なくどんどん進んで行き、いつしか『ヴァイオレットに虐められてる』という考えが、彼女の中では真実になった。
『ヴァイオレットさんに意地悪された』
『ヴァイオレットさんに物を隠された』
『ヴァイオレットさんに髪を引っ張られた』
『ヴァイオレットさんに紅茶をかけられた』
『ヴァイオレットさんに階段から突き落とされそうになった』
実際エミリアはそれらの被害には遭っていたが、全て婚約者のいる者にちょっかいを出したエミリアが許せない、手を出された婚約者の相手の令嬢たちが仕掛けたことで、ヴァイオレット自身は何もしていなかったのだが、エミリアにはどうでも良かった。
ヴァイオレットをあの夢のような場所から引き摺り降ろせれば、それで良かった。
実際被害に遭っているのだから、これ幸いと被害者として可哀想な令嬢の体を取っていた……が、それでも注意されるのはエミリアだった。
嘘を吐くな。
自分の行いを振り返れ。
そんな暇があるなら淑女の術を身に付けろ。
君の行いのせいで兄弟は皆迷惑してるよ。
ボンネット家の穀潰し。
散々な言われようだったが、エミリアの中ではそれら全てもヴァイオレットのせいになっていた。
自分を執拗に虐めるあの女を地獄に落としてやる……狂気にも似た意志のみが彼女を動かしていた。
そんな彼女に、転機が訪れる。
ヘコヘコする事しか出来ない──人の悪意にすら断れない令嬢を半ば脅して、王族主催のお茶会に友人として連れて来てもらったものの、そこでは一般のお茶会以上にヴァイオレットを称賛する声が高く、居心地の悪くなったエミリアは、お茶会が開かれていた園庭の隅に逃げ込んだのだった。
『みんなヴァイオレットばっかり……!!』
自分だって着飾ってきた。“男からは”褒める言葉しか出てこない程手を入れて来たのに、皆はヴァイオレットに夢中で、エミリアの事は見向きもしなかった。
『そうやって、アンタは私を貶めるのね』
嫉妬は既に憎悪に成長している。
エミリアの中でヴァイオレットは絶対的な悪だ。何としてでも、あの女を地に落とさなくてはならない……自分の輝かしい未来のためには必要な事だと、信じて疑わなかった。
そんな時だった。
『……おい』
背後から声をかけられて、慌てて立ち上がり振り返った。
ここは王宮だ。お茶会以外の人間に……しかも男性に見られていた事に、エミリアは犯した失態に青ざめた。
『ご、ごめんなさぁい……私』
『こんなところで一人で何をしている?……茶会が開かれている筈だが』
振り返った先にいた相手の姿に、エミリアは息を飲んだ。
少し癖のある黒髪に、第一王子とは違う、王妃に似た目元の柔らかい赤い瞳を持つ男……この国の第二王子であり、ヴァイオレットの婚約者──クリフトフ・イェーガー がそこにいた。
『お前は、一人で何をしている……?』
運が巡って来た、と、エミリアは信じて疑わなかった。
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