アイスと遭遇
月本
アイスと遭遇
三連休をいい感じに過ごせて満足していた私は、友人と遊んだ帰りにコンビニに寄り、いつもより値段の高いアイスを購入し、その三連休を華々しく終えようとしていた。
棒についたタイプのアイスならば食べながら帰るのだが、先ほど私が購入したアイスはカップに入ったタイプなので、流石に歩きながら食べようとは思わなかった。誰も居ない道を、アイスが溶ける前にと足早に進んだ。
家に着き、電気をつけ、コートを脱ぎ、こたつに足を入れ、時計を見ると、もう既に日付が変わっていた。
なんということだ。明日、いや今日は仕事だというのに、こんな時間まで遊んでしまった。どうするかはアイスを食べてから考えることにしよう。
ビニール袋からアイスを取り出し、蓋を開けた。店員が一緒に入れてくれていたスプーンでアイスを掬うと、ほんの少しだけ溶けていて、テレビCMで紹介されていた、一番の食べごろとされるあの状態になっていた。それを口に運ぶ。絶妙な苦味と甘味に加え、こたつに入りながらアイスを食べる、という行為そのものの魅力によって、アイスは更においしくなっていた。
アイスを食べ終わり、シャワーを浴びに行こうかと思い、腰を上げた時、現れた。おばけだ。
「ぎいやああ」
私は叫んだ。先日、雨の夜に玄関でなめくじを見た時と同じように。
こたつの反対側に入り、テレビを見ていたおばけは、私の叫びを聞くと、怪訝な顔でこちらを見た。そして、私と目が合っている、即ち、私に見られていることに気づくと、「え?」と言って、目を泳がせた。
そこにいるのがなぜおばけだ、と私が一瞬で分かったかというと、おばけその人が白いワンピースを着て、頭に白い三角をつけていたからである。
この後、おばけと仲良くなり、一緒に過ごしていると分かってくるのだが、白いワンピースを着て頭には白い三角、という服装をいつもしているわけではなかった。基本は白いTシャツにジーパン姿だ。ではなぜ時々、白いワンピースを着て頭に白い三角をつけるのか。後にその理由を聞くと、「おばけやってるとたまに、伝統的なおばけ服を着たくなることもあるから」とおばけは答えた。
一瞬で目の前にいるのがおばけだと判断した私は、
「怖い、怖い、え? なんで? やだ、やだ!」と、怖さを紛らわすためにたくさん声を出した。「なんで?」
おばけはショートボブを振り乱し、唸りながら這って、少しずつこちらに近づいてきていた。
「怖っ」
身の危険を感じた私は、相変わらず喋りまくりながらキッチンに避難した。
「どうする、どうする、どうする」
なんの考えもなくキッチンに避難したが、それはなかなかいい判断だった。そこには様々なものがあったからだ。
おばけの方を確認すると、ゆっくりだがキッチンの入り口まで迫ってきていた。
「怖っ」すぐに目を背けようとしたが、後ろからやられるのが一番怖いなと思い、視界の隅におばけを入れながら何か武器になるものはないか探した。
まず、フライパンを手に取ったが、物理攻撃が通る相手とは思えなかった。半透明でないとはいえ、おばけに物理攻撃は効かないのがセオリーだ。フライパンを棚に戻した。
その間にもおばけは近づいてきていて、私との距離は2メートルほどになっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」とおばけに向かって謝ったが、それを意に介することもなく、おばけは一心不乱に私の元へ向かってきていた。
「考えろ、考えろ」大きなひとりごとを口にしながら私は懸命に考える。「冷たいのが苦手なんだっけ、熱いのが苦手なんだっけ、夏によく出てくるから、寒いのが苦手なのか? いや、怖い話が夏によく話されるってだけで、おばけが夏によく出るとは限らないのか? 分かんない。今まで怖いの嫌いであんまりちゃんと怖い話聞いてこなかったから分かんない。こんなことになるんだったらもっとちゃんと怖い話きいとけばよかった」
おばけは近づく。
思えば、すぐに人を呼べばよかったのかもしれない。警察、消防、近所の人でもいい。もしくは、外に出ることができていれば、もっと何か対処できたのかもしれない。
後悔の念が募りはじめたが、「諦めんのか? ここで終わりか? 無理無理無理、諦め切れるか、まだやりたいことたくさんあるんだよ、おい!」それをかき消すように私は叫んだ。
「えーっと、えー、塩、塩は? お清めとかするし、それとも氷? 効くか? あーやっぱ塩?」
私が早口でまくし立てると、
「え?」と言って、おばけは動きを止めた。私との距離は1メートルにも満たない。
私は、どっちだ? と思った。
塩か氷、どちらに反応したのだろうか。反応したということはどちらかが効くのか。ならば確かめなくてはいけない。
試しに「塩」とおばけに向かって言うと、おばけは這っていた体勢のままにビクッと体を揺らした。
「塩」
ビクッ。
塩だ。完全に塩。よく考えなくとも分かりそうなものだが、パニックになっていたのだろう、この時は思いつかなかった。塩が入った瓶をすかさず手に取る。そこで私には些細な疑問が生じた。塩が弱点だとして、塩という言葉を聞いてビクッとなるということは、私が話している言葉を理解しているということではないか? と。
「話せますか?」と私はおばけに向かって聞いた。
おばけは何も答えない。
「塩」
「話せます」
「おーい!」私は叫んだ。天井を仰ぎ、手を前に突き出し。その手には、塩が入った瓶が硬く握られていた。
おばけはリビングの床に正座をしていた。私がさせたのではない。勝手にしたのだ。
「キッチンの隅まで追い込んでさ、どうするつもりだったの?」
私は塩の入った瓶を片手に、こたつの前にあるソファーに座っていた。こたつを隔て、おばけとは向かい合っている構図だ。
「怖がらせて、怖がってる間に逃げようかと」おばけは下を向きながらぼそぼそ答えた。
「危害を加えるつもりはなかったと」
「はい」
「そんなこと言われても今更信じられないから。つうかさ、ずっと私が『やめて』とか『ごめんなさい』とか言ってたの聞こえてたし、理解してたんでしょ?」
「はい」
「めちゃくちゃ無視してたよね、私の悲鳴」
「はい」
「それ聞いてどう思った? 悪いなって、かわいそうだなって思わなかった?」
「めっちゃ喋るじゃんって思いました」
「おーい!」先ほどと同様に天井を仰ぎ、手を前に突き出しながら叫んだ。「全然反省してねーじゃん」
「してます」おばけは依然、下を向いていた。
本当か? と思ったその時、おばけが見つめる床に数滴の水が落ちた。
「え?」
それを見た私は、ずるい、と思い、泣いて解決するかよ、とも思ったが、それと同時に少し申し訳ない気分にもなった。そして、「反省してるなら、もういいよ」と言った。
すると、おばけは顔を上げてこちらを見た。目の周りが赤くなっている。本当に泣いていたようだ。その次に、切りそろえられた前髪が目に付いた。床屋か美容院に行っているのだろうか。
「本当にいいの?」
「うん」
そこから5分が経過した。久しぶりに怒った疲れと眠気で、私はぼうっとしていた。
知らない内に足を崩したらしいおばけが、「そろそろ寝ていい?」と聞いてきたので、私は「うん」と答えて浴室に向かった。シャワーを浴びている途中、寝たいのは自分もだということを思い出したが、疲れすぎていて腹も立たなかった。
髪を乾かし、スキンケアを済ませ、歯を磨き終わってリビングに戻ると、おばけはこたつに入って大の字で寝ていた。近寄って確認してみると、寝息を立てていたので本当だろう。
これからずっとここで生活していくの? や、いつからいたの? や、おばけって睡眠必要なの? など、聞きたいことは今になって山ほど湧いてきたが、相手が眠っているのでどうにもならない。
自分も眠るために寝室へ向かった。枕元で時計を確認すると、午前2時を回っていた。予想通りの時刻になんの感動もなかった。諸々のことは明日、いや、起きた後の自分に任せよう、そう思った。
布団に入り、目をつむると、これはすぐに眠ることができる、というあの感じが久しぶりにした。
アイスと遭遇 月本 @tukimoto6
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます