六章3話 婚約者


それから私達はドレスを着て馬車に揺られていた。


「ねぇ、リタ。見てちょうだい」


「はい?」


ちょいちょいと腕を引かれてアリアローズ様の指さした窓の外を見ればアリアローズ様の婚約者であるレスター・バーンライトが歩いていた。


しかもその腕にヒロインちゃんがくっついて二人で歩いている。


あまりにも白昼堂々とした姿に口が開いてしまう。


(レスター!!お前はお姫様の婚約者っていう自覚は無いのかー!!)


なぜアリアローズ様はこれを見せたのだろう。


「あ、アリアローズ様はレスター様のことどう思っているんです?」


「別にレスター様の事はどうも思ってないわ。向こうも同じはずよ」


アリアローズ様はきっぱりと言い切った。


本当になんとも思っていないのだろう事が変わらない表情からも伺える。


「向こうって……レスター様もですか?」


「えぇ、小さい頃から一緒だったから。妹のようにしか思っていないと思うわ」


「えーと……」


「だからね」


そう言ってアリアローズ様は体を寄せてきた。


そのまま唇を奪われる。


チュ、と音をさせて元の位置に戻る。


「私とこういうことしても誰も咎めないのですよ」


「え、ちょ、こんな所で!もぉ!」


馬車の中とはいえ部屋の外だ。


キスをされて慌てている姿を見てアリアローズ様は微笑む。


「リタったら。可愛い」


「そう言えば許されると思わないでくださいよ!」


「うふふ、ごめんなさぁい」


と可愛らしく謝ってくる。


そうされると許すしかないわけで。


「もう、部屋の外では止めてくださいね」


そう言って注意するしかなかった。




「……実際、リタは私とこういう関係になってどうです?」


そっと手のひらに手を重ねて問いかけてくる。


アリアローズ様の顔を見るとどんな答えが返ってくるのか不安そうに私を見ていた。


「どうですって……それは、嬉しいと思いますよ」


こんなに可愛らしい女の子に好意を寄せてもらえるなんて前世ではありえなかったことだ。


まぁ関係が親友を通り越して恋仲まで行ってしまったのは予想外ではあるけれど、嫌だとは思わなかったので問題ない。


そう答えればパァと輝くように笑顔になったのだった。




*****




「ねぇリタ。このドレスはどうかしら?」


そう言って若草色のドレスを差し出してくる。


何かと思えば来月行われる卒業生を送るパーティのドレス選びだった。


私はいつも通り馴染みの店で買おうと思っていたのだが……まぁアリアローズ様が連れてきてくれたんだしたまには贅沢してもいいか、と思うようにしている。


「アリアローズ様は若草色よりも海色のほうが似合うと思います」


そう言って近くにあった海色のフワフワドレスを差し出す。


「違いますわ、リタにですわよ!」


「え、私ですか?」


私の濃い茶色の髪は地味でなんでも合わせられる。


でも若草色は初めて言われた。


「ど、どうでしょう?」


「私はいいと思うのだけど」


「じゃあそれにしてみます」


「やった。じゃあ私は同じデザインの色違いにするわね!」


「え、それは……」


ペアルックになるけどいいのだろうか?


「リタと同じがいいもの」


「嬉しいことを言ってくれますね」


そんな事を言われたら他のドレスを勧めようなんてできないじゃないか。


私は諦めてペアルックのドレスを購入するのだった。




*****




それは帰りの馬車での事だった。


「行きに話したことなのだけど……」


とアリアローズ様が話し出す。


「なんですか?」


「レスター様との婚約の話よ。レスター様とソフィア様の事はお父様もご存じなの」


「え」


ちなみにソフィアとはヒロインちゃんのことである。


ソフィア・リンジット男爵令嬢。


入学後に調べた限りではレスター・バーンライト一本に道を絞って攻略しているようで婚約者のいる男性に近づくといった悪評以外は特に話を聞かない特徴の無い人物だ。


そんなソフィアとレスターの関係をすでに国王が知っている。


ちなみにこの国の国王は子供想いなことで有名で、そんな父親の娘の婚約者なのに別の女性に懸想していると知られているとは……てめぇうちの娘のどこが不満なんじゃこらぁ案件な予感。


「すでにバーンライト家と話し合いは行われていて、このままいくと来月には婚約を破棄することになりそうなのです」


「そう、なんですか」


「えぇ、ですのでリタが私の事をもらってください!」


「んん?!」


予想していなかった発言に言葉に詰まる。


一応捕捉しておくとこの国に、というか世界に女性が女性を娶るといった法律は無い。


個人的なお付き合いはあるのかもしれないけど公に婚約とか結婚とかそういった事は出来ないのだ。


私の反応を見てアリアローズ様が不安そうに首を傾げる。


「駄目……です?」


「え、いや、その……駄目じゃないですけど……え?できるんですか?」


混乱しすぎて聞いてしまった。


「私は王位継承権を持っていません、なので婚約破棄後は好きにしてよいとお父様が言ってくださいましたの。でしたら私はリタのお家に嫁ぎたいなと……」


「すとーーーっぷ!!待って!それ王様に言っちゃったの?!その話があったの私達が付き合う前ですよね?!」


なんていったって昨晩急にお付き合いが決定したのだ。


それを王様に話していたらアリアローズ様は昨晩よりもっと前から私と恋仲になることを考えていたことになる。


「えぇ、トゥールマン侯爵にも良い返事をいただいておりますわ」


「外堀から埋められてる!!」


そんな話お父様から一切聞いてない。


つまり王家御用達の『この件は内密に』が発動している。


内密に外堀が埋められていっているわけだ。


「あ、アリアローズ様は私に断られたらどうするつもりだったんですか!」


「え、断られるんです?」


「いやたとえの話で」


例え話をしただけなのにアリアローズ様が悲しそうな表情になった。


目はうるうると潤んでいる。


「あーもう!今の無しでいいです!」


どうせ断るつもりは無いので前言撤回した。


「リタ、いじわる言ったら嫌ですわ」


「いじわるってアリアローズ様……誰だって何も知らされずに話が進んでいたらこうなりますって……」


「リタを驚かせたかったの」


悪気を感じさせない笑顔で言ってくる。


「はぁ……だいぶ驚きましたよ」


これは婚約してからが大変そうだ。


とこれからの事を考えると気が遠くなりそうなのだった。






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