五章3話 ヴァンパイアハンター


目を覚ますと今度はリサさんはおらず一人で寝かされていた。


ゆっくり起き上がると掛けられていた布がずり落ちる。


下は裸だったので慌てて布を体に巻いた。


ぐるりと見ればサイドテーブルに私用らしい服が置かれているのを見つける。


下着までセットだ。


少し気恥しくなりながら私はそれに着替えた。


カーテンの隙間から外を見るともう夕暮れで夜になろうとしている。


夜は私の、吸血鬼の活動時間だ。


私は部屋を出ようとドアを開けた。


するとリサさんのものらしき独り言が聞こえる。




「ヴァンパイアハンター……もう近くまで来ているのよね。ここにも来るかしら……昔の仲間だものね、来るわよね……」




その言葉にドキリとして手に持った脱いだ服を落として物音を立ててしまう。


バッと驚いたようにこちらを振り返るリサさん。


「リサ、さん……今の、は……」


「やだ、ごめんなさい。今のは昔の話で、貴方に危害を加えさせるつもりはないわ。落ち着いて」


「う、嘘!ヴァンパイアハンターは憎しみをもって襲ってくるってお父様が言っていた!」


彼らは必ずといっていい、家族や仲間などをヴァンパイアに奪われた者たちの集まりでこちらの事なんて憎しみの対象、モンスターにしか見ていない。


そう教えられて育ってきたのだ。


今の言葉を聞いて、リサさんの言葉を信じられるわけがない。


「ずっと一緒にいようっていうのも嘘だったんだ!私を殺すためにヴァンパイアハンターまで呼んで……!この嘘つき!!」


「っ!嘘じゃないわ!!」


だとしても、もうここにいられるわけがなかった。


近くまで彼女の元仲間が来ているなら私はここにはいられない。


困惑と怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。


私は彼女の脇を通り抜けて家の外へ出る。


幸いもう日も沈んでいてヴァンパイア特有の体質は問題なかった。


バタンと外へ飛び出すと物々しい装備を纏った集団と出くわす。


彼らはリサさんの元を訪れた客のようで、装備を見てもヴァンパイアハンターである。


私は急いで彼らの脇を抜けると森の中へ駈け込んでいくのだった。


「ミリアちゃん!!」


背後にリサさんの声を聞きながら。


それでも振り返ることはしなかった。


もし本当に彼女が私を傷つけるつもりがなくても、これ以上彼女に迷惑をかけることはできない。


今思うと随分酷い言葉を投げつけてしまったものだ。


じわりと涙が滲んでくる。


それでも駆ける足を止めることはなかった。






◆◆◆






「ミリアちゃん!!」


私が叫んで呼び止めても彼女は止まってくれない。


その姿が森の中へと消えていく。


一目見て分かったのだろう、居合わせたメンバーの一人が彼女を追って森へ入って行った。


「り、リサ……今の子は……」


残ったメンバーが私に問いかけてくる。


「私の……大切な人よ」


そう言うと察してくれたのか何人かが信じられないと目で私を見た。


「絶対のハンター銀の弾丸〈シルバーバレット〉が、変わったな」


団長が呆れたように言う。


銀の弾丸、そう呼ばれた時代も確かにあった。


私の両親はヴァンパイアに殺されて、奴らが憎くて憎くてたまらない時期があったのだ。


でも足に怪我を負い、引退せざるを得なくなった時にヴァンパイアとは無関係で静かなこの村に移り住むことにする。


見た目は美人だが女の子にしか興味が無かったためいつの間にか変わった人として認識されるようになっていた。


でもそれでよかった。


じゃなきゃ山菜取りに出かけた時にミリアちゃんに出会えなかったんだから。


急いで後を追いたいのを堪えて私は団長に言う。


「人は変わるモノよ。そして彼女は私の大切な人なの」


「……従魔として契約しているということか?」


その言葉に首を振る。


私とミリアちゃんはまだ出会って一日しか経っていない。


そんな契約をする暇なんてなかった。


ヴァンパイアハンターにも例外はある。


それが従魔契約だ。


ヴァンパイアハンターはギルドの登録員であるためギルドの認めた従魔契約されたモンスターには手を出せない。


だから早く契約をしておけばよかったんだわ。


私の後悔を察してか団長はミリアちゃんが逃げた森の方を見る。


「追うぞ」


「な、やめて?!」


「お前もだ。急げ」


そう言って団員達は走り出していく。


団長は私にも出撃しろと命令する。


「黒が追っている。間に合うかわからん」


言われて私は逆の意味なのだと分かった。


ミリアちゃんを救うために急げと言っているのだ。


慌てて私は家の中に戻り仕舞い込んでいた二丁拳銃を取り出して弾を込める。


黒の銃身に銀の装飾で十字を刻印された双銃に私は祈りを込めた。


「お父さん、お母さんお願い。あの子を守って……!」


最後に黒のローブを纏って私は家を飛び出す。


団長もすでに森に入ったのか森の中には複数の気配がする。


その中から一番先行している気配を追った。


団長に黒と呼ばれた人物は正確には黒の狩人と呼ばれていて、彼女は里を丸ごとヴァンパイアに焼かれている。


きっと躊躇いなくミリアちゃんを射殺すだろう。




急がなくては、と痛む足に鞭を打って駆ける速度をさらにあげた。






◆◆◆






ヴァンパイアとしての能力が覚醒してから私の眼は夜でも明るく森を見渡していた。


その中を必死で駆け抜けていく。


時折弓矢が足元を掠り冷汗が出る。


「はぁ……はぁ……っ!」


シュン!と顔の横を弓矢がすり抜けた。


「諦めなさいよ!ヴァンパイアの癖に往生際の悪い!!」


そう罵る声が聞こえる。


でも走るのを止めない。


「モンスターのくせに、エッセンディア〈高潔〉なんて名乗って生意気なんだよ!」


「う、るさいっ!!勝手にモンスター扱いして人の名前を貶すなっ!!」


挑発するように何度も何度も、酷い言葉が投げつけられた。


だからといって足を止めずに私は言い返す。


名前まで貶されるのは我慢できなかった。


エッセンディアの名前は私の大切な家族の名前だからだ。


「エッセンディアのモンスターはねぇ!抵抗もせずに死んだわよ!!」


「えっ?!」


突然もたらされた両親の訃報に一瞬足が止まる。


あの優しいお父様とお母様が死んだ……?


一瞬の隙を突かれて太ももに矢が貫通した


「あぅ!!」


ドサリとその場に倒れる。


ようやくといった感じに現れたのは黒いローブを纏った女性だった。


「やっぱりモンスターは馬鹿ね。あの二人の遺言を教えてあげる。『自分たちは抵抗しない。だから娘には手を出さないでくれ』よ。守るわけないじゃない!!」


何がおかしいのか女性はアハハと笑っている。


怒りに頭がおかしくなりそうだった。


「狂ってる……!」


「お前らに言われたくないわ!!」


さらに一矢、右腕に射られる。


「あぁ!!」


彼女は私を甚振るように少しずつ矢を番えていた。


足を貫かれた痛みでこの場から逃げることは難しそうだ。


つまり詰みだ。


私はここで終わってしまうのだろう。


「あぁ、これで終わりにしてあげる」


そう言って女性は弓矢を私の額に狙いを付けた。


指が離されれば矢は私の額に突き刺さり命を失うのだろう。


どうしてこんなことになったんだろう。


私がヴァンパイアに生まれたから?


生まれたことが悪いことなの?殺されなきゃいけないことなの?


彼女の気持ちが私にはわからなかった。


ただ、許されるならばリサさんに酷いことを言ってしまった事を謝りたい。


そう後悔して目を閉じる。




しかし狂ったように笑う彼女の矢は私に当たることはなかった。


ガウン!と銃声が森に響き渡り銃弾が彼女の矢に当たり砕け散る。


「……ぇ?」


「何?!」


銃声のした方を見れば同じように黒いローブを纏った人物が銃を構えて立っていた。


「……させない」


そう言ってローブを脱ぎ去ったのはリサさんである。


思わぬ登場の仕方に驚いて私は固まっていた。


「黒い双銃に銀の装飾……?!まさか銀の弾丸?!」


ガン!ガン!と女性の足許に二発撃ちこまれて彼女は飛び退いて私から離れる。


「なぜ?!なぜ今更あなたが邪魔をするの?!」


困惑したような女性の声に応えずリサさんが私の方へ走ってきた。


「大丈夫?!じゃないわね……」


私の腕と足に受けた矢を見て自分が受けた傷のように痛々しい表情をする。


「答えなさい!銀の弾丸!!」


ガウン!


さらに一発、女性に向かって銃弾が撃ち込まれた。


女性はそれを避ける。


リサさんが怖い表情をしていた。


「彼女は『私の大切な人』よ」


「大切な、人?そいつはモンスターよ?!!」


「黙りなさい!」


ガウン!


バシンと銃弾が女性の得物である弓に当たって砕ける。


勢いでバランスを崩した女性を背後からやってきた男性が受け止めた。


「あれは従魔だ。諦めろ」


「なん、ですって……」


女性はストンとその場に座り込んでしまう。


従魔という言葉を知らない私は困惑してリサさんを見る。


「伝えなくてごめんなさい……」


そう言って彼女は私の首に黒いチョーカーを巻いた。


不思議としっくりくる。


どうやら首を絞めつけないように出来ている魔道具みたいだ。


リサさんは私の傷を手当しながら悲し気な表情で私にキスをした。




「これで、ずっと一緒よ」




その言葉の意味を知るのは団体と連れたってリサさんの家に帰ってからだった。








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