四章7話 暇神


積み荷の最終チェックを終えると荷車をひくラクダのような馬のような生物を歩かせる。


大将であるヤンさんは一番目の荷車に乗り私とシトラスちゃん、使用人達は二番目の荷車に乗った。


その周りを囲むように傭兵の乗る馬車がついてくる。




街を出たあたりからずっと嫌な予感はしていた。


だけどそれをうまく伝えることができずに商隊は砂漠を進んでいく。


「モモさん、顔色が悪いですお水飲んでください」


そう言ってシトラスちゃんが水を差し出してくる。


それをお礼を言って受け取ると一気に飲んだ。


ふぅ、と一息つく。


そんなに顔色が悪かったのだろうか。


「ありがとう」


「いいえ、モモさんは今回が初めての行商になるので緊張してるはずだから様子を見ておくようにと若が言ってました」


「若が……」


そんな気にかけてもらってるなんて、やっぱりこの行商についてこないほうが良かったんだろうか……?


「それにモモさんが倒れていたのは砂漠です。もしかしたら何か思い出すんじゃないかって」


「え、あぁ……そうかもしれないね」


シトラスちゃんの言葉にそう言えば記憶喪失ということにしていたことを思い出す。


この過保護なまでの気遣いは記憶が無いからか。


「大丈夫……大丈夫だから……」


そう言って無理に笑顔を作る。


すると納得していないような表情でシトラスちゃんは自分の椅子に戻った。




それから数時間なにごともなく一つ目のオアシスにつくことができた。


今日はここで野営をするらしいので皆が必要な荷物を下ろしていく。


私はさらに具合が悪くなって若から座っていろと命令されてしまった。


なんでこんなに体調が悪くなっていくんだろう……


これじゃなんの役にも立てない。


私がいる必要なんてないじゃないか……




『そうだね』




「え?」


空耳が聞こえる。


最初に変化に気が付いたのはシトラスちゃんだった。


「モモさん!!」


「え、何?」


「体が!透けて……!」


「えええええ?!」


言われて自分の体を見ると確かに透けて地面が見えている。


一体何が起きているんだ。


わけもわからずどうしようもなく突っ立っているとヤンさんまでやってきた。


「モモ!お前それどうしたんだよ!」


「わかってたらすでに対処してますから!」


そう言っている間にも私の体は薄くなっていく。


体が消える恐怖に体を抱きしめる。


「やだ、やだ……!」


「モモ!しっかりしろ!大丈夫だ!大丈夫だから!!」


安心させるようにヤンさんが言ってくるが耳に入ってこない。


「モモ!!いいかよく聞け!お前がどこにいても絶対に見つけてやるから安心しろ!!」


「わ、若……」


「そうですよ!私モモさんなら絶対見つけられる自信があります!!」


「シトラスちゃん……」


そう言ってくれるのは嬉しいが段々意識が薄れていく。


次第に視界まで暗闇に包まれた。






◆◆◆






『はい、起きて!』


「ひゃ?!」


急に耳元で叫ばれて目が覚める。


慌てて周囲を見れば見たことのある真っ白な部屋に立っていた。


もちろん暇神も相変わらずのニコニコ顔でこちらをみている。


「え、なんで……」


次会うのは死ぬ時くらいだと思っていたから驚いた。


私の疑問に暇神は笑顔のまま言う。


『実は君はまだ死んでなかったみたいなんだ』


と。


「はぁ?!どういうこと!!」


死んだから異世界に招待されたはずだ。


なのに今更死んでいませんでしたとはどういうことだ。


『正確には病院の集中治療室で死にかけてる状態だけどね』


「つまり私、帰れるの?」


『うん。そういうことになるね』


いとも簡単に言ってくれる。


私は暇神を殴りたい衝動を抑えながら聞いた。


「だから無理矢理ここに戻したの?」


『そうだよ。だって向こうの世界の影響を受け始めてたみたいだったから』


「どういうこと?」


『今の君は死にかけの魂に新しい体を与えた状態なんだ。元の体が無事ならそっちに魂が寄っていくのは普通だよね。だから死にかけの体の状態が反映されてた』


「私の体調不良にそんな理由が……」


そこで今は全然体調が悪くないことに気が付いた。


『あ、今は体との接続を切り離した魂だけの状態だから体調も悪くないんだよ』


こんなことできる僕すごいでしょ?みたいな表情で言わないで欲しい。


『今君には二つの選択肢がある』




一つは、元の体に戻って生きるか死ぬかの状態を受け入れること


もう一つは、完全に元の体との接続を切って異世界に戻ってそこで死ぬまで生きるか




『もちろん二つ目を選べば永遠に向こうの世界とは、家族とはさよならすることになるよ』


そう言って暇神は迷わせて来る。


でも、私の気持ちは大きく傾いていた。




「私は……」




私の答えを聞いた暇神は満足した風にニコニコ笑顔で頷いた。


『じゃあ君の願いを叶えてあげよう』


「あ、なら一発殴らせて」と言う間もなく足許にパカリと落とし穴が開いた。


もちろん重力に従って体が落ちていく。


「次こそは殴らせろぉおおおおお」


『いってらっしゃーい』


本当に殴りたくなるようないい笑顔で暇神は手を振っていた。






◆◆◆






ハッと意識が浮上すると私は砂漠のど真ん中に立ち往生していた。


砂漠の熱い日差しが戻ってきたんだと実感させてくれる。


さてどうしたものかと思案していると足元が振動した。


あ、これはやばいなと思ってその場から跳ぶ様に逃げると少し前まで立っていた場所が大きく抉れる。


そこから現れたのは以前にも見たことがあるサンドワームだった。


「魔物との遭遇率は低いんじゃなかったの!!」


と文句を言いながら私は貯まりに貯まったHPゲージを解放する。


Lv1『神の風』発動。


すると見えない風の刃に切り刻まれてサンドワームは死んだ。


これで残りHPはLv16。


安心する間もなく二匹目、三匹目が姿を現す。


ここは魔物の巣か何かですか。


Lv2『神の雷』発動。


空から雷が落ちて二匹のサンドワームは焼け焦げになる。


残りHPは14。


どすんと音を立てて崩れ落ちる二匹の代わりと言った感じにまた二匹が地面から顔を出してきた。


本当に魔物の巣じゃないのここ。


暇神本当に恨むよ?!


私はくるりと背を向けて逃げ出すようにその場から走りだした。


この調子だといくら相手しても次が現れるだろう。


そうしたらHPが無くなったとたんに不利になる。


だから私は逃げることにした。


ズズズと砂の擦れる音がして、二匹が追いかけて来ているのが分かる。


いつ襲い掛かられるとも知れない恐怖に涙が浮かぶ。


「はぁっ……はっ!」


息が切れてきた。


でも神は私を見捨てなかったのだろう。


前方から猛然と勢いを付けて駆けてくる荷馬車が見えた。


見覚えのある紋をつけたその荷馬車を見た途端に元気が出てくる。


傭兵が戦闘態勢に入っているのが見えた。


あそこまで逃げれば助かる。


そう思えば息も絶え絶えだが走ることができた。


荷馬車が近くなる。




「モモ!!」


「モモさん!!」




私の姿を確認した二人が名前を呼んでくれた。


「若!シトラスちゃん!!」


私は若が差し出した手に捕まると強い力で荷車に引っ張りこまれる。


外では傭兵がサンドワームとの戦闘を開始していた。


二人は息が苦しくなるくらいギュウっと私のことを抱きしめてくれる。


まるでそこにいるのを確認するように。


「モモ、無事で良かった……」


「私達、雷が落ちるのを見て慌てて来たんですよ」


どうやら神の雷を落としたのが見えたから来てくれたらしい。


あそこで雷を選択したのは間違いじゃなかった。


「私、私帰ってきちゃいました……」


家政婦くらいしか役にも立てないけど帰ってきてしまった事を伝える。


「いいんだよ。おかえり」


「おかえりなさいモモさん!」


そう言って二人は私の頭を撫でてくれた。


シトラスちゃんは頬にキスをしてくる。


「羨ましいんだよそこ代われ!」


「いい加減諦めて」


相変わらずシトラスちゃんとスキンシップしたいらしい若に睨まれてしまった。


いい加減脈無しなのを認めて欲しい。


私もシトラスちゃんを若に渡すつもりはないんで二人でぎゅーっと抱きしめ合う。


「くっそお前ずるいぞ!」


「だって私達相思相愛ですし」


「ねー」


「俺のどこが悪かったんだよ!」


そう言うヤンさんにシトラスちゃんはうーん、と考えてから答える。


「視線がいやらしい時があったからですね」


「ぐふぅ」


「自業自得じゃん」


シトラスちゃんの答えにぐはぁと倒れ込むヤンさん。


ノックアウトというやつですな。


外のサンドワーム退治も終わったようで、わいわいとにぎやかになってきた。


どうやらサンドワーム、素材としてはいい値がつくらしい。


「ちょっくら指示出しに行ってくる。二人はそこで休んでろ」


そう言ってヤンさんも外へ行ってしまった。


個室じゃないがシトラスちゃんと二人きりになる。




私達はどちらからともなく触れ合うだけのキスをしたのだった。




「続きは中央都に着いてからですね」


「うん……」


そう言って私はシトラスちゃんの肩に頭を預ける。


すると次第に眠気が襲ってきていつの間にか眠ってしまっていた。






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