四章6話 事件
そろそろ一人でも大丈夫だろうとお試しでお使いに行かされた日に事件は起こった。
ドン、と曲がり角で人にぶつかってしまい慌てて謝る。
「あ、ごめんなさい!」
「あぁ?んだよいてぇな!」
げ、と私は思った。
どうやらぶつかってしまったのは以前であった柄の悪い男たちの一人のようだった。
男は私の腕を掴んで逃げないようにしてくる。
「おめぇよく見ればあんときのナイチチじゃねぇか」
「ちょ、胸の話は関係ないでしょ!!」
皆して人のことナイチチってこれでもCはあるんだからね!!!
私の周りに巨乳が多いだけなんだから!!
振り解こうとするが男のほうが力が強くて振り解けそうにない。
男は私に顔を近づけると言った。
「ナイチチでも容姿はいいからなぁ」
「そうだそうだ」
取り巻きも賛成するように声を上げる。
私の容姿がなんだって言うんだろうか。
「ぶつかってきた詫びをしてもらおうじゃねぇか」
そう言ってグイグイ私のことを引っ張った。
「ちょっと、やだ、離してよ!」
全身を使って突っぱねるが男の力の方が強くズルズルと引きずられてしまう。
「このっ!」
貯まりに貯まったHPゲージを解放しようとした時、ヤンさんの言葉が脳裏に浮かぶ。
『今後は不用意に魔法を使うな』
そうだ、前回は大丈夫だったが今度は魔法の威力が強ければ殺してしまうかもしれない。そう思うと怖くて魔法を使うことができなかった。
私はなす術もなく男に引きずられていくのだった。
◆◆◆
街の中心部から離れたスラムのような場所に彼らのお粗末なアジトはあった。
現在はそこのボロ倉庫に腕を拘束されたうえで放り込まれ、監禁されている。
彼らの話を聞くかぎり私ははした金で奴隷オークションとやらに出品されるらしい。
この世界に奴隷制度があったことは驚きだがまさか自分が出品されることになるとは思ってもいなかった。
なんとか逃げ出せないかと周囲を確認するが倉庫内には人が通れない大きさの光取りの窓しかない。
つまりは正面突破するしか逃げる方法は無いわけで、今の私じゃどんなに頑張っても逃げられそうになかった。
窓からは月の光が差し込んで倉庫内を照らしている。
私は倉庫の隅に座り込んだ。
簡単なお使いのはずだったのに、帰ってこないから今頃シトラスちゃんやヤンさんが大騒ぎしているかもしれない。
随分と心配をかけてしまっているだろう。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう……少し心が寂しくなり涙がこぼれそうだった。
そんな時だった。
ガチャリと鍵を外す音がして扉の方を見れば私を捕まえた男のうち一人が倉庫に入ってくる。
嫌な予感がして立ち上がると背が壁にぶつかるまで後ずさった。
男は私を見つけると薄気味悪い笑みを浮かべる。
「逃げようとしても無駄だぁ」
濃いお酒の匂いをさせてふらふらを私の方へ寄ってきた。
「ひっ」
男の手が私を捕まえると抗えない力でその場に押し倒される。
そして男は私に馬乗りになった。
「や、やめて!!」
ここまでくれば私も何をされるか察することができる。
抵抗しようにも腕を縛られていて、足をじたばたさせるくらいしかできない。
「へへ、商品の味見ができるのがこの職業の特権なんだよなぁ」
と酒臭い息を吐きながら男が呟く。
私が抵抗しようとしているのを見て征服欲でも掻き立てられたのか愉快そうに私の服に手をかけた。
「そこまでだ」
第三者の声が聞こえて男の手が止まる。
何が、と思う間もなく私の上から男の体が消えた。
何者かに蹴り飛ばされたのだと気が付いたのは男が壁に激突して変なうめき声を上げたからだ。
その何者かは私が良く知っている人物で、倒れている私を優しく抱き起してくれる。
「わ、若……!」
そう、正体はヤンさんだった。
「無事か?」
額に汗を浮かべながらヤンさんは私の体に傷が無いか確認している。
よほど急いで来てくれたのか息が上がって肩が上下していた。
そのことが嬉しくて泣きそうになる。
私は何度も首を縦に振って無事なのを伝えた。
「そうか、よかった……」
そう言ってヤンさんは私の頭を撫でる。
その仕草にキュンとしてしまうが表情に出さないように努めた。
だってヤンさんって無自覚イケメンだから女性ファンが多いこと……
何をしてもイケメンってずるい。
「お前、魔法は使わなかったのか?」
「だって、安易に使うなって若に言われてたから……それに、怖くて……」
そうだ。怖かったんだ。
自分よりも身長のでかい男の人に囲まれて、抵抗しても意味が無くて。
その時の事を思い出すと怖さに体が震える。
「馬鹿だな。それで捕まってたら元も子もないだろ。間に合ったからいいものの……」
「ごめん、なさい……」
呆れたように言われて反射的に謝る。
するとヤンさんは再度私の頭を撫でた。
「帰るぞ」
「……はい!」
◆◆◆
その後、男たちのアジトは西都の警備隊によって制圧された。
無事救出されてアジトを出ると外で待っていたらしいシトラスちゃんに抱きしめられる。
「モモさん!!無事で良かった!」
「シトラスちゃん……心配かけてごめんなさい」
「シトラスに抱きしめられるとか羨ましすぎるぞ!そこ代われ!」
ヤンさんが何か言っているが二人して無視した。
「いいんです。無事ならそれで……」
そう言ってシトラスちゃんは私にキスをしてくる。
拒否をする間もなかったためガッツリとヤンさんににらまれてしまった。
それでも私は元気です。
やはり奴隷オークションは違法行為だったらしく背後関係の洗い出しなどがされるようだ。
とはヤンさんが後日教えてくれたことだ。
元々男たちは奴隷商人との繋がりがあることでマークされていた。
でも証拠を隠すのがうまくて摘発できずにいると、そんな時にヤンさんの商会の人間が拉致されたためこれ幸いと現場を抑えに攻め込んできたとか。
つまり良い意味で私は囮になったらしい。
本当は警備隊が突入してからヤンさん達が突入する手筈だったのに何かを感じ取ったのかヤンさんが一人飛び出して行ったのだとシトラスちゃんが教えてくれる。
これでまたヤンさんに恩ができてしまった。
仕事に忙殺されているヤンさんになんとかして恩返しをしたいと伝えると
「じゃあ次の行商についてこいよ」
と言われてしまった。
また恐ろしい魔物が出るのでは、と怖くて参加を見送っていた事をまるで見抜いているかのようだった。
でも、それで役にたてるのなら……
「わかりました」
「え、おい、本当に大丈夫なのか?」
了承すれば逆に驚かれてしまった。
「大丈夫です。魔物なんて滅多に出ないんですよね?」
「それはそうだが」
「じゃあ大丈夫です」
「そ、そうか……じゃあ次の行商のメンツに加えておくから準備はしておくようにな」
そう言ってヤンさんの意識は仕事に戻る。
それを確認して私は部屋を後にするのだった。
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