四章4話 お買い物


翌朝、よく眠れたからかすっきりと目が覚めた私は用意してあったメイド服に着替える。


するとタイミングを計ったかのように部屋のドアがノックされた。


「モモさん、起きてますか?」


シトラスちゃんの声だったので部屋の鍵を開けてドアを開く。


「おはようございますモモさん」


「おはよう、シトラスちゃん」


お互い昨日の事は口に出さずに朝の挨拶をする。


「朝ご飯を食べに行きましょう」


「了解です」




言われるまま案内されて食堂についた。


食堂には私たちの他のメイドさんや働いているらしい人達がそれぞれ朝食を食べている。


シトラスちゃんに流されるまま朝食のプレートを受け取って開いている席に座った。


「結構働いている人いるんだね」


「そうですね。普段は裏方の人もいますからあまり会わない人もいますよ」


庭師なんかそうですね。とシトラスちゃんは言う。


私はスクランブルエッグらしきものを食べながら聞いている。


「昨日は他のメイドさんに会わなかったけどそれはなんで?」


「昨日は安息日と言って皆がお休みする日だったからですよ。私達の買い物はお試しのお使いですし、昨日の仕事には含まれません」


「へぇ、そうだったんだ」


皆思い思いに休みを取っていたため出会う事がなかったようだ。


「じゃあ今日の掃除とか洗濯とか皆で分担するの?」


「そうなりますね。でも洗濯だけは私達が担当することになります」


「え、なんで?」


思いもよらない言葉にウィンナーを口に運ぼうとしていた手が止まる。


「昨日のシーツがありますからね、他の人には知られたくないでしょう?」


「あ、あーそっか……あれがあったか」


すこし昨日の事を思い出して頬が暑くなった。


確かにあれを見られたくないし自分で洗濯したい。


「というわけでご飯を食べたら洗濯、頑張りましょう」


「りょ、了解です」


そう言われて食事を再開するのだった。






◆◆◆






使用済のシーツやタオル、それに使用人の服はそれなりの量あった。


シトラスちゃん曰く休日後だからこれでも少ない量らしい。


水場で大きな桶に水を張り洗濯板と石鹸を使いごしごしと二人で洗い物をこなしているとヤンさんが様子を見にやってくる。


「よう、調子はどうだ?」


「洗濯、大変」


「お、おう。そうみたいだな」


片言で返事をすれば若干引き気味に答えられた。


泡で現れたシャツを水で洗いパン!と勢いをつけて水気を飛ばす。


それを用意されているハンガーにかけて次の洗い物に手を伸ばした。


「この様子を見て分かるとおり、家政婦のほうは何の問題も無く仕事がこなせそうです」


「そうか。あれから何か変わったこととか無いか?足りない物とかあれば言えよ?」


「……大丈夫です。今の所何か欲しいなってものは思いつきません」


昨日の夜早速シトラスちゃんに襲われましたなんて言えるわけがない。


言ったら追い出されてしまうだろうか?


少しの不安が返事を遅らせた。


「今の間が気になるが大丈夫ならいいか」


「ところで若、今の時間は執務室で書類整理をしているはずでは?」


「う」


どうやらヤンさんは仕事を抜け出してきたらしい。


「私言ってますよね。ちゃんと仕事してくださいって。何度も」


「わかった。わかったから怒るな、な?」


「怒らないで欲しかったらやることは一つですよね?」


「大人しく戻って仕事してくる!」


言うや屋敷に向かって駆けだした。


一家政婦であるシトラスちゃんにここまで言われるとは……若頭としては大丈夫なんだろうか。


この先このままでいいのか少し不安になった。






◆◆◆






お昼頃になってようやく洗濯が終わった私達は再び食堂に来ていた。


少し早めだが昼食を取って、また買い出しに行くらしい。


「今日は多めの買い出しなので荷物持ちではなく発送の依頼を見て学んでもらいますね」


「発送というと、食材とか直接屋敷に届けてくれるってこと?」


「量が多ければやってくれる所もあるんですよ。今日はそう言ったお店を回りますからなるべく覚えてくださいね」


「う、わかりました……」


正直まだ都の道を覚えていないので不安しかない。


そんな不安を読み取ったのか


「大丈夫ですよ。一回で覚えろって話ではないので」


と気を使ってくれた。


「あ。ありがとう」






◆◆◆






「じゃあそこの岩塩を10キロと胡椒を4キロ、あとデザートに使いたいからミントを一束くださいな」


「(10キロ?!キロ買いするのか)」


「まいど!お代はオマケしておくよ」


私が豪快な買い方に驚いているとお店のオジサンが笑顔でオマケをしてくれた。


「ありがとうございますー。配達は裏口のほうにお願いしますね」


「いつもの屋敷だろ?わかってるって」


「うふふ、じゃあお願いしますねー」


そう言ってシトラスちゃんは調味料を扱っている店から離れていく。


慌てて後をついていくと、不思議なことに色んな出店からシトラスちゃんを呼び止める声がある。




「あらシトラスちゃんじゃないの、今日は新鮮な茶葉が届いたのよ。一つどうかしら?」


「茶葉ですかー。日持ちさせるのが大変そうなので若と相談してから来ますねー」




「シトラスちゃーん、おいしいお魚が釣れたんだ!持って行くかい?」


「んー。ごめんなさい、今日のメニューはお肉らしいので遠慮しますー」


「そうかー、残念だがしょうがないな」




「シトラスお姉ちゃん!今日はクッキーを焼いたの!持ってって!」


「あらーいいんですか?ありがとうございます。今度お返しを作ってきますねー」


「わーい」




お店の人以外に小さな子にまで声をかけられている。


しかもなんかクッキーを貰った。


出店が並ぶこの通りの人々はシトラスちゃんにとても好意的だ。


「さぁモモさん、次のお店ですよ」


そう言ってシトラスちゃんが入ったのは入り口に沢山の布地を並べたお店だった。


「すみませーん」


「はいはーい、あらシトラスちゃんじゃない!久しぶりー!」


声に応えて店の奥から出てきたのは私とそう年齢の変わらない少女だ。


自作したのか外では見なかった独特な模様の布で作られた服を着ている。


ゲームで言うなら踊り子?みたいな服装だ。


身長が低いから子供が真似っ子してるみたいになっているが……


その子の視線が私に移る。


「あれれ、その人は新しい人?」


「えぇ、私と同じく家政婦のモモさん。私が忙しい時とかに来ると思うからよろしくね」


「オッケー!私は布屋のケテル、よろしくね!」


「よろしくお願いします」


名乗りと同時に握手を求められたので応じた。


「さて、今日は納品の話でいいのかな?」


「えぇ、準備はできそうですか?」


「大丈夫だよー今回は若が余裕を持った納期にしてくれたからすぐにでも持っていけるよ」


「そうですか、じゃあ明日の朝に表門の方から納品をお願いします」


「了解しましたー!」


何の話か分からずその場に突っ立っているとケテルと名乗った女性は奥から布を一束持ってきて渡してくれた。


サラサラとした肌触りで、真珠みたいに光を浴びて薄く色づく不思議な布地だ。


「これはフリージアシルクって呼ばれてるここでしか生産できない布だよ」


「ここでしか……?」


「そう、生産方法は秘密になってるから聞かないでね」


「私達ライジング商会がメインで取り扱っているのがこのフリージアシルクなんですよ」


そうシトラスちゃんが説明してくれる。


この不思議な布地を王都まで運ぶのがメインの仕事なのか。


「王都ではこれでドレスを仕立てたりするらしいよ」


「へぇー、これでドレスかぁ」


真っ白な生地だからウェディングドレスに良さそう。


傷や汚れをつける前にシルクをケテルさんに返した。


「欲しいならそれ相応の金額で販売するよ?」


「え?いや、いいです!」


シルクを返すのが名残惜しそうに見えたのか変な気遣いをさせてしまった。


こっちの世界でウェディングドレスなんて着る機会無いだろうなぁって考えてただけなんだけどね。


「じゃあ明日の納品お願いしますね。行きましょうモモさん」


「あ、はい」


「じゃーねーバイバイ!」


可愛らしく手を振る彼女に手を振り返して私はシトラスちゃんの後を追う。


それから幾つかの店を回り気が付いたことがある。


「もしかして、商品にするものは表門で使用するものは裏口に配達してもらってるんですか?」


「そうですよーよくわかりましたね」


「なんとなくそうかなって」


「じゃあ問題です。この香草の束は表門と裏口どっちでしょう?」


行き成り手にもった香草の束を目の前に出された。


「えーっと……裏口?」


「残念、ハズレです」


「えぇー」


どうやらこの香草も交易品になるらしい。


「暫くは私と一緒に行動するのでいいですが、ちゃんと覚えてくださいね」


「はーい」




それから二人で出店を見て回ると気になるお店があった。


向こうの世界でもよく見かけた怪しい雰囲気と不思議な香りのするお店だ。


ふらふらと香りに誘われて中を見るとお香屋なのか香木など色んな種類が置いてあった。


「どうしました?」


「あ、ごめんね、いい匂いだなぁって思って」


「そうですね。良ければ何か買っていきましょうか」


「え、でも……」


私は今無一文だ。


働きだしたばかりでお給金ももらっていない。


つまり支払いをシトラスちゃんに任せることになってしまう。


それは気まずい。


「大丈夫ですよ。次のお給金で半額払ってくだされば」


シトラスちゃんは私の気持ちを汲んでくれたのかそう言ってくれた。


「じゃあ、一個だけ買って行こう」


「お嬢さん達におススメなのがあるよ」


「ひゃ?!あ、すみません」


急に奥から声をかけられて驚いてしまう。


慌てて謝るが出てきた老婆は気にしていないようだ。


「初めてならこの粉末がいいよ、寝る前にちょっとだけ炊くんだ」


そう言っておススメらしい粉末の入った小瓶を見せてくれる。


おばあさんが少し手に取って揺らしただけでフワリと甘い香りが鼻にきた。


これは好きかもしれない。


シトラスちゃんも同じ気持ちだったのか目線で決める。


「じゃあそれをください」


「一つかい?それとも二つかい?」


「んー、じゃあ二つでお願いします」


「まいどあり」


一つ買って分けるのかと思っていた私は慌てて止めようとしたがシトラスちゃんが支払ってしまう方が早かった。


「いいかい、寝る前にちょっとだけ炊くんだよ?長く炊くと……まぁ悪いようにはならないよ」


「ちょ、怖いから!そこで止めないで!」


「ちょっとを守れば大丈夫じゃ」


そう言っておばあちゃんは粉の入った小瓶を二つ私の手に置いてくる。


長く炊くとどうなるんだ……ちょっと怖くなった。


「よし、じゃあ次のお店に行きましょうか」


「あ、うんごめんね足止めしちゃって」


「いいんですよ。いい買い物が出来たので」


おそろいですね。とシトラスちゃんは微笑んだ。






◆◆◆






それから二、三店を回って屋敷に帰ってきた。


砂漠の晴れの天気ですっかり乾いた洗濯物を取り込んで時間をかけて畳むともう夕飯の時間になっている。


御夕飯のメニューはシトラスちゃんの言った通りお肉メインだった。


ご飯を食べてお風呂にゆっくり入って与えられた部屋に戻ってくる頃にはもう夜遅くなっていた。


「あ、そうだ」


帰宅後の忙しさに存在を忘れていたお香を取り出してベッド横のサイドテーブルの上に用意する。


マッチで粉に火を点けるとふわりと甘い香りが広がった。


全身をゆっくり香りが包み込んで疲れが癒されるようだ。


予想以上に浸かれていたのかうとうとしてしまう。


意識が落ちる寸前、おばあちゃんの長く炊いてはいけないという言葉を思い出したがもう手遅れだった。








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