一章第5話 王子出兵す
ヴァニラ・キングストン(15歳)は憤っていた。
王国の第二王子という妙な立ち位置のせいでこんな北の都まで飛ばされてしまったというのに婚約者候補がいないといわれたのだ。
婚約の話を聞いた後、出掛けたまま帰って来ていないと言われた。
一体俺の何が不満だというのだ。
北都スノーラントの次女は変わり者だと聞いていたがまさか数日も帰ってこないとは。
そのせいでいたくもないのに北都に数日も待たされている。
「王子、北の山には魔族がいるという噂もあります」
「なんだと?まさか攫われたとでも言うのか?!」
「ヴァニラ王子、早計な考えは止めてもらおう。この国にも少量の魔族がいるがそのような考えでは領地を任せるなんてできそうにありませんな」
ヴァニラの考えを諌めるようにフェンデルが言う。
何を言おう、ジンジャーの家出の原因となってしまったのが自分だからあまり強く言えないでいる。
「フェンデル殿!しかし現にジンジャーとやらは帰ってこないじゃないですか!!」
「あの子が外に出ていくこと自体初めての事ですからなぁ……」
憲兵の情報で彼女が街の外に出たこと自体は分かっている。
ただ、この第二王子が待てが出来ない性分なのだ。
「あなた、今大丈夫かしら?」
第二王子を宥めていると最愛ユゥリがやってきた。
その手には見覚えのある封蝋がされた手紙が持たれている。
封蝋はすでに開けられており中身が読まれた後なのがわかった。
「魔族のお友達からなのだけど内容が……」
「どうした?」
妻の魔族の友人とは魔王の妻のことだ。彼女から送られてきた文に何か問題でもあったのだろうか。
「それが、ジンジャーちゃんが子供の『花嫁』に選ばれちゃったらしくて暫く帰ってこれないのよ」
「なんだって?!」
サキュバスによる花嫁制度の事は聞いたことがあるから知っていた。
だが確かあそこの子供は娘が1人だったはずだ。
それとジンジャーが『花嫁』だと……うますぎる。
今後も魔族と友好的な関係を結ぶのにも一役買ってくれているではないか。
「やはり魔族に攫われたのではないか!!取り戻しに行くぞ!!」
「王子!!『花嫁』とは攫われたわけではないのですぞ!!」
「そいつは俺の『婚約者』だ!魔族なぞにやれるか!!兵を出せ!!」
仮にも王子の命令である。
兵を出さなければ命令に逆らったとして王都から何を言われるかわからない。
兵士に出撃準備をさせるしか道は無かった。
妻のユゥリには急いでこの件を魔族の友人に伝えるよう頼んで自分は王子の考えを改めさせるために説得を行うのだった。
◆◆◆
「あらまぁ、大変だわ」
早い鷹便で届いた友人からの速達を呼んだ王妃は驚いたように声を上げる。
丁度朝食時だったこともありその場には魔王含め全員がいた。
「ちょっとね、ジンジャーちゃんが暫く帰れませんって送ったら向こうで、『第二王子』?とかいう頭の足りない子が婚約者であるジンジャーちゃんを攫った魔族から取り戻すぞーって兵を集め始めちゃったらしいのよ」
「ええええいつの間にそんなやりとりを?」
「うふふ、私とあなたのお母様は文通友達なのよ?」
「ジンジャーお姉さまは私の『花嫁』ですのよ!許せませんわ!」
主張するようにガタンとユウリが立ち上がる。
「お母様、お父様!私も兵士を準備しますので許可を!」
「うむ、誤解があるようだが兵士を連れてくるというのならば護衛は必要だろう。ちゃんと準備をしていきなさい」
「がんばるのよ~」
「え、こんなに軽い様子で送り出していいんですか?!」
一歩間違えたら魔族と北都の戦争になる。
そう思ったのに周りは思ったよりも平和な空気で困惑した。
「あら、そういえば言ってませんでしたわね。ユウリは夫よりも強いのですよ」
「はぃ?!」
「魔族の力の基準は魔力の量とそれを扱えるかどうか。娘はそれが私よりもうまいのだ」
だから万が一戦争になっても魔族側は問題ないと言われる。
◆◆◆
「はぁ……なんでこんなことに……」
そうため息をついたのは吉村貴晴よしむら たかはる25歳独身。
その全身を見たこともないような甲冑で着込みながら列の先頭を歩いている。
一番前の先頭は自分を召喚した第二王子ヴァニラ・キングストンという人物だ。
どうやら異世界人特有のスキルというものがあるらしくそれをあてにして召喚を行ったところ俺が選ばれたらしい。
スキルらしいスキルなんて『性癖判断』くらいだしなぁ。
試しに王子につかったら『ちょっと束縛好き』とか出たくらいだし。
そんな面白スキルでどうやって戦えって言うんだか。
足が一歩進むごとに雪をかき分ける。
なるべく地熱が高い場所を通っているらしいが歩きにくいことこの上ない。
「全軍止まれーい!!」
王子の号令で全体の足が止まる。
見れば花畑がそこにあった。
こんな雪の積もるような地帯で、地熱の力によって花が花畑になっている。
少し幻想的な景色に呆然としてしまう。
ついで気が付いたのは対する面に魔族らしき兵士たちがいたことだ。
「出兵に気付かれていたようだな」
「第二王子とやらは誰か!!」
魔族側から可愛らしい声が聞こえてきた。
見るとふわふわのピンクの髪を一つに纏めて薄い鎧に身を包んだ少女が先頭に立っている。
まさか、あれが魔族側のトップ?
俺達今からあれと戦うの?と兵士の間に困惑が走る。
「俺だ!俺こそが第二王子ヴァニラ・キングストン!!俺の婚約者を返してもらおう!!」
「お断りしますわ!!」
「なれば力づくでも返してもらうぞ!!」
両陣営が殺気立つ。
その時だった。
「待てええええええええええい!!!」
魔族側から飛び出してきた人物がいた。
その人物は俺が一度会ったことのある北都スノーラントの領主さまとおなじ肌と髪色を持っていて。あぁ、彼女が今回の中心人物なんだってわかった。
彼女は一気にこちらに走り寄ってくると第二王子の腹に向かって飛び蹴りを叩き込んだ。
あっという間の出来事で誰にも止められなかった。
「ぐふぅ?!」
と声を上げて吹っ飛ばされた王子が戻ってくる。
「どうも、私がジンジャー・スノーラントだ」
つい性癖鑑定を行ってしまったが『誘い受け属性』だった。
「おぉ!自ら俺の元へ戻ってくるとはさすが婚約者だな!」
「ふざけんな!私は断ったんだぞ!!なのにこんな事態にして第二王子が聞いて呆れるわ!!帰れ中央に!!」
パァンと一発張り手をして彼女は魔族側に戻っていく。
あまりにも展開が早すぎて誰も止められないでいた。
彼女は魔族側の女の子の腰を引き寄せる。
「私の『花嫁』はこの子しかいないし他はいらん!!」
そう言ってチュウと口づけた。
しかも深く、長い口付けだ。
女の子の方の性癖判断だと『襲い属性』なので多分今の事態に混乱しているはずだ。
こんな大衆の面前でディープキスをすることになるなんて。
いやまぁでも百合万歳。
女の子が腰砕けになってしまった状態で支えているジンジャー様はただ一言。
「男はお呼びじゃねぇんだよ!!!」
その言葉に心を抉られたのかガクリと膝をついた王子を側近が引き摺って下がる。
逆に魔族側からの喝采がすごかった。
人間側はこれで撤退することになる。
来た道を戻るのが辛かったがリアル百合を見れた興奮で体は軽かった。
やっぱり百合は最高だぜ!!
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