第3話 乙なものぞよ

さてさて気づけば放課後。

ホームルームが終わり、みんなが帰り始める頃だ。


バックに急いで、ほんっとに急いで荷物を突っ込んでいると


「ね、ねぇ。来栖くん」


「美玖か。どうした?」


美玖が近寄ってくる。

美玖の後ろの方にはクラスの女子たちが微笑ましい表情で美玖を見ている。

?なにかあるんだろうか。


「あ、あのさ。今度の日曜日、陸上の大会あるんだよね」


「あっマジで?」


「う、うん。それでさ良かったらなんだけど見に来てくれないかなって····」


「日曜日は···うん!予定ないし行くよ!行かせてもらいます!」


「ほんとっ!?約束だからね!!」


「おう!練習がんばれよ!」


「うん!ありがとう!」


そう言うと美玖は頬を朱色に染めながらバックを担いで教室から飛び出ていく。

青春だなぁ....。

今から健康的な太ももを活かして部活に精進するんだろうなぁ。

陸上部男子はうらやましいよな。

毎日太ももオンパレードじゃん。

くっ!俺も陸上部に入っていれば!


おーっと。

こんなところで感傷にふけっている場合じゃないぜ!

今からバイトだ!バイト!

さぁーて!

俺もさっさと帰ろーーっと!


急いで扉に手をかけて右足を一歩踏み出そうとしたら、何者かに右の袖を掴まれる。


「どこに行くつもりなの?来栖くん」


ですよねーーー!


「あ、アハハハハハ。い、いやぁどこに行くつもりだったんだろう。俺にもわからないや!」


くそ!

柳沢さんにバレないように急いで帰るつもりだったのに!

逃げきれなかったよ!!


「帰りましょう?」


「はい.....」


柳沢さんに手を引かれ正門とは別の方向へと歩いていく。


「え、えーっと柳沢さん?どこに行ってるの?」


「はぁ?あなたがバレないようにしろって言ったんじゃない。裏門から帰るのよ」


「いや、俺一言もそんなこと言ってない.....」


言ってない...。言ってないよ...。

それはきっと幻聴だよ...。

俺は必死になって言葉を紡ぐ。


「あ、でも俺今からバイトなんだよね!?」


「ふぅ〜ん。それで?」


「え?いや、早く行かないとなぁって」


「そうね。早く行きましょう」


ダメだった!

バイト作戦失敗した!


『え?ならしょうがないわね。今日は辞めておきましょう』


ってなると思ってたのに!


なにか他に策はないかと思考を張り巡らせていると俺はあることに気づいた。


「そういえば柳沢さんって家から学校まで車で20分ぐらいかかるよね?」


「えぇ。そのくらいはかかるわね」


「車で20分なら徒歩ならもっとかかるんじゃない?」


そう。

それは柳沢さんの屋敷の場所だ。

住所は詳しくは分からないが誘拐じみたことをされた時、学校から20分近くは到着するのに時間がかかった。

車で20分と聞けば別にそんなに遠くは感じないが徒歩とならば話は別だ。

最低でも1時間はかかるだろう。

男の俺でもそんなに歩くのは嫌だし疲れる。

ましてや女子だ。

そんなのさらに無理に決まっている。

だから俺はそこに目をつけた。

俺の予想はこうだ。


『ほんとだわ。思っていたよりも遠いみたい。やっぱり車で帰るわね』


名付けて【あなたと歩くより自分の身の方が大事だわ作戦】

我ながらいい名前だぜ。


このまま颯爽とバイト先のファミレスに向かえると思っていたのだが俺の予想に反して返ってきた答えはこれだ。

ワンツースリー。


「えぇ。だからあなたのバイト場所のファミレスまで迎えを寄越すように事前に伝えているわ」


あらまぁ!用意周到だこと!!

近所の主婦さんもびっくり仰天!

そして俺も相変わらずびっくり仰天だよくそっ!


「ほら早く行きましょう」


「はい....」


俺の最強タクティクスな作戦をいとも簡単に打ち破られて5分ほど沈黙が続いた。

きっつぅ。

この沈黙きっつぅ。

サイレントマジシャンLv100だよ。

何言ってるんだろう俺。

緊張で頭やられたかな?

変な汗出てくるんだけど誰か助けてくれない?


変な汗が背中やら額やらから出てくる時、彼女が口を開ける。


「そういえば来栖くん。私のことを柳沢さんって呼ぶのやめてくれないかしら?」


「え?いや、それはちょっと....」


「でも、佐々木さんや森永くんは名前で呼んでるじゃない」


「それはそうなんだけど...」


俺は基本仲が良くて信頼をおける人物は名前で呼ぶようにしている。

それは涼介と美玖ぐらいしか学校にはいない。

あとはほとんど苗字呼びだ。

俺が苗字呼びを主流としていることは校内でも知られている。


さて、そんな俺がいきなり柳沢さんのことを名前呼びにしたらどうだろう?

きっと俺に向けてのヘイトのマシンガンパーティーが発生すると思われる。

なんといっても才色兼備の柳沢さん。

家が暴力団でもやはり男子の人気は潰えない。

俺が名前呼びなんてした日の翌日には男どもから跡形もなく消されているかもしれない。

首謀者は多分涼介だな。ハハッ。


「やっぱりちょっと.....」


「ならあなたとの関係バラすわよ?」


「ほんっとにすいませんでした!」


バラされなくても死。

バラされても死。

八方塞がりとはまさにこのこと。

文字通り絶体絶命のピンチ。


「いや、ほんとにどっちもムリなんですって!!」


「・・・・・なら2人の時だけでいいから名前呼びにして」


「え、えぇ.....」


「バラすわよ?」


「了解しました!マム!!」


俺は彼女の駒のように返事をする。

だって消されたくないし。

まだ生きときたいし。

まぁ、2人の時限定ならギリギリ大丈夫か...。

バラされるよりかはよっぽどマシだ。


「じゃあ早く呼びなさい。今すぐに」


「へ?」


「だ、だから今すぐ呼びなさいよ」


「今すぐに?なんで?」


「い、いいからっ!!」


「は、はいぃ!」


もはや恐喝じゃねぇかよ!!

名前呼びの恐喝とか初めてだわ!

初めての経験ありがとうございますねぇ!


ゴホン。

では意を決して。


「ね、音々さん?」


「ダメね。呼び捨てにしなさい」


「意外と厳しい!?」


「ほら早く」


は、恥ずかしいぃ!!

過去トップ5には入る恥ずかしさだぞこれ。

恥ずか死するわ。

殺す気か。


ゴホン。

さてもう一度意を決して。


「ね、音々?」


「〜〜〜っ!!」


俺が呼び捨てにすると頬をめちゃくちゃりんご色に染めて顔がふにゃってなった。

なにこの可愛い生物。

違う意味で殺されそうになったわ。


「も、もう1回」


「ね、音々」


「〜〜〜っ!もう1回」


「音々」


「〜〜〜っ!も、もう1回呼んで」


さてそれから俺はどれだけ「音々」と呼んだだろうか。

気づけば勝手に口が音々音々発していた。

俺はロボットと化していたのだ。

音々と呼ぶためだけのロボットに。

なんだこの需要がないロボットは。

そっこく解体レベルだろ。

ルンバの方がよっぽどお利口さんだわ。


「も、もういいわ。なかなか悪くないわね」


「は、はい。良かったですね」


「えぇ。良かったわ。なかなかに乙なものだったわ」


なんだ乙なものって。

ただ音々って言ってただけだぞ。

それのどこが乙って言うのだ。

やばいだろ。


「そして気づけばもうファミレスだわ」


「あ、ほんとだ」


音々音々発していたから気づかなかったがもうバイト先のファミレスに着いていた。

そしてファミレスの駐車場にはこの風景に似合わない黒いリムジンが。

そしてリムジンの横には赤スーツさんが。


「あら。太郎じゃない」


赤スーツこと太郎さんは俺を見つけると少しムッ!っとした。

やっべ。

こっわ。

さっさと逃げよう。


「じゃ、じゃあ音々。今日はこれで」


「えぇ。バイトがんばってね」


「お、おう。ありがとう」


音々は俺に軽く挨拶をした後そそくさとリムジンに乗り込み帰っていった。

がんばってねと言われたからか知らないがなんか心がホッコリする。

俺、チョッロ。

惚れやすい体質なのかな俺。

なんか今日はいつもよりがんばれる気がする....。


そんなことを思っていると背中を叩かれる。

今日で何度目だ...。背中を叩かれるのは...。


「こんちゃーです!先輩!元気っすかー?」


俺を叩いた犯人は黒髪ショートの俺のバイト先の後輩、左尾 菜々子さお ななこだった。







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読んでくれてあざます!

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