第19話 ちいさい秋希。

 吹き飛んだ魔物はじきに瓦礫を払いながら起き上がってきた。

 しかし足腰は産まれたての子鹿のようによろよろとしている。

 アンデットでもよろよろってあるんだなと、付近の冒険者は思ったに違いない。


 「ご主人様達の笑顔を守るため、戦う事を決意したにゃ、遅くなって申し訳ございませんにゃ。」

 メイド隊は自らの安全を守るため程度に、護身術程度になら戦うつもりでいた。

 魔物群が街に入って来た場合に備えて。

 しかしいざ襲撃が始まると1日目は魔法ぶっぱなし作戦でどうにか凌ぎ、凶悪な5体の魔物は2日目の12時まで何もしない。

 

 12時になってどうするかと思ったら謎の障壁で数時間も要する始末。

 正直登場に困っていた。

 戦う事が主としないねこみみメイドなのだから、接客こそ全て。

 そこを疎かにして戦うなら冒険者をやればいい。

 

 カレンの面接は戦闘力も見ている。

 募集にそもそもCランク以上の冒険者資格を有する者、若しくは現役時代持っていたもの、またはCランク相当と店長が認めた者となってる。


 つまりは元々ねこみみメイドたちは武闘派なのであった。

 それでも今現れた5体の魔物達はAランクを超えてる。

 カレンがワンパンで吹っ飛ばしはしたが果たして窮地を救えるのかどうか。


 「私はこう見えても元Sランク冒険者、萌神のため萌えを全国に広めるためにねこみみメイド喫茶のオーナーになったけれど。」

 ビシィッとポーズを決める。

 「来店するご主人様達がいなければ、萌えも萎えもないと、気付いたにゃっ!」


 「ここは私一人で大丈夫にゃ、貴女達は他をお願いするにゃ。」


 一例してNo1と2のねこみみメイドさんたちはこの場を離れた。


 エリーの家族を後ろに下がらせる。冒険者時代に入手した半径5m以内にSランク魔物すら寄せ付けなくするマジックアイテムを持たせて。


 「お前はもう、死んでいる……にゃぁぁあっぁにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……ぉわっにゃぁ!」


 アンデットなので元々死んではいるけれど。

 カレンの両拳が魔物の前進を殴打殴打殴打する。

 

 「ツマラヌモノを殴ったぜよ……にゃ。」


 腿から上が殴った衝撃で消し飛んでいた魔物。

 アンデットなのに再生出来ず、腿から下の足は地面へと倒れ込んだ。


 「そしてこれは聖水にゃ。誰のかはわからにゃいけど。」 

 残った足に振りかけるとじゅわじゅわ~と湯気のようなモノが発せられ、溶けてなくなっていった。


 萌えは聖なる力を凌駕する。




 少女を捕獲しようとすり寄る魔物の前にメイドが二人駆け付けた。

 「さて、店長ばかりに良い恰好させてたらダメだよなぁ。」


 「そうね、こいつにはツンデレはいらないわね。ツンツンで良いんじゃないかしらね。」


 口の悪いメイドは背中から釘の撃たれた木製バットを取り出した。

 ツンツンと言ったメイドはスカートの中から茨の鞭を取り出した。


 「愛のない鞭、いきますよ。」

 ピシィッと床をひと叩きし、魔物に向かって打ち付ける。

 ぐるぐると巻き付いた鞭は痛そうである。


 身動きの取れなくなった魔物を頭上から衝撃を襲う。

 ジャンプしたメイドは釘バットを上から下にただ力強く叩きつけた。


 魔物の肉はバラバラに飛び散りそのままじゅぅじゅぅと湯気のようなものを出して肉片は段々と消えていく。


 聖なる釘バット、えくすかり棒によって浄化されていった。


 「戦うメイドヤンキーは強し。これ名言だな。」

 握りこぶしで名言を力強く声高に叫んだ。


 「貴女と一緒にしないでくれるかしら。メグミ。」

 「うっせー、お前だって鞭でビシバシやってるじゃんかナナコ。」

 




 領主の館の方へと向かっていた魔物は領主の騎士団達を喰らっていた。

 この魔物達、喰らえば喰らう程強くなっていくのだが、カダベルの指示なのかゆったりとしか行動していなかった。

 その中でもこの1体はそんな事を気にせず目の前にいるものならば老若男女問わず捕食している。

 4体の魔物の中では一番強くなっていた。

 推定Sランク。


 冒険者換算にしてCとかBでは束になっても叶わないのは道理である。

 目の前でくっちゃくっちゃと人間を食べる様子を魅せられては腰が引けて逃げる事も叶わない。

 さらに、騎士団である以上敵前逃亡は基本的に許されない。

 逃亡すれば領主側からも、国民や街の人からも非難される。


 勝てないからとか、怖いからとかで逃げる事は許されない。

 ただ一つ、上司である雇い主である領主の命令がない限りは。


 目の間の人間―――騎士団を数人喰らった後、魔物は跳躍をした。

 そして着地ちたのは、最後尾で指揮を執る領主の真後ろだった。

 魔物が大口を開けて領主を喰らおうとしたところで、隣にいた騎士団の副団長が領主を肩でタックルし、その場から離す。


 代わりに喰われた副団長は見事に胸のあたりから上をひと噛みで抉られ、くっちゃくっちゃと咀嚼される。

 救いは恐怖も痛みも一瞬というところだろう。


 周辺にいた騎士達は恐怖を感じながらも領主を引きずり魔物の傍から引き離す事に成功する。


 魔物にも元の性別があり、男であれば他種族であろうと女の方が良い。

 この魔物の構成も元は男が殆どで出来ているため、メスの臭いには敏感だ。


 領主の館にいいる領主の娘の匂いを感じ取るには充分な距離だった。


 大口を開けて涎を垂らすと騎士達は怯んだ。その瞬間膝を曲げてバネを作ると館の方へ跳躍し、右手のチョップで館を縦に一刀両断した。


 両断し無くなった空間のすぐ横には領主の娘が腰を抜かして床に転げていた。

 彼女の尻のあたりから黄色い液体が広がっていく。


 「ぉ、ぉもぉらしぃ」

 魔物が喋った。


 一度も喋った事のないアンデット4体の魔物。ここにきて4体目にして初めて言葉を発した。


 「お漏らしぃ、萌えぇぇぇぇ。」

 その言葉を聞いた騎士団達はあまりの事に言葉も行動も止まってしまった。


 一瞬で領主の娘の傍へ跳躍した魔物は……

 「良い匂いだぁぁぁぁ、大きい方は漏らさないのかぁぁぁぁ」


 恐らく喰った人間の中にそういった性癖の者がいて、色濃く出てしまったのだろうがこの魔物は変態だった。

 「ひっ、あぁぁぁっぁぁぁ。」


 自分の尿が手に着く事にも構わず後ずさりする娘。

 ドレスが汚れようと、手が汚れようと命が大事だ。


 一歩また一歩と近付いていく。

 魔物は周囲が見えていなかった。

 アンデット故に探知系は疎かなのかもしれない。

 自らに近付く別のメスの匂いに気付かなかった。

 目の前のメスとお漏らしに気を取られて。


 魔物が大口を開けて領主の娘を捕食しようとし、娘が悲鳴を上げ目を瞑った。

 遠くで父である領主が大きな声でやめてくれと叫んでいる。

 刹那、魔物の首に線が走る。

 タンという足音が娘の耳に入った。

 恐る恐る目を開くと……


 首を失い、血のような黒い液体を噴き出す魔物と、140cmあるかどうかのねこみみメイドの少女の背中が映った。


 「返り血浴びるから、これ被ってて。」

 少女はそういうと大きな風呂敷みたいなものを娘に被せる。



 「変態は誉め言葉、でもあんたのは変質者。地獄で勉強し直してきなさい。」


 両手に持った短刀で素早く何度も切りつける少女。

 瞬く間に細切れにされていく魔物。

 騎士団達が何も出来なかった相手をいとも容易く、大人が子供を相手にするよりも手短に作業のように解体していく。

 

 「これ、聖水。」

 細切れになった魔物の肉片に聖水をかけるとじゅわじゅわ~と浄化していく。

 なぜか浄化の途中で魔物が幸せそうだったのは見て見ぬ振りする事にした少女。

 

 短刀に着いた血と肉片を払うと鞘にしまい、娘の風呂敷を取り去る。

 「もう大丈夫。」


 「あ、ぁぁ、ぁりがとぅ。」

 ガクガクしながら娘は辛うじて礼を言う。


 「あぁ、あな、あなたは……?」


 「人に名を訪ねる時は自分から名乗るの常識。」

 このような殺伐とした場面で常識も何もあったものではないのだが。

 どこかマイペースな少女だった。


 「あ、ごご、ごめんなさい。私はセーノペキューノス伯爵家長女、アニーロ・デレチ・セーノペキューノスです。」

 「アニーと呼んでください。」

 この国では領主の苗字が街の名前となる。余程の不祥事や悪事をしなければ領主が変わる事はないのでほぼ代々受け継がれていく。

 


 「秋希、人は私をと呼ぶ。多分。」

 領主の娘は思った。少女を上から下まで見て、身長も胸も確かに小さいと。


 秋希は思った。アニーロ・デ・レチは乳輪。セーノペキューノスは貧乳が語源であることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る