第二章 博士は進学するまでも茨の道

その1 内定式

「恭太ごめん。遅くなっちゃった」

 スーツ姿の莉緒が、小走りで恭太のもとへとやってくる。

「いいよ。内定式お疲れ様。話とかいろいろ聞かせてね」

 恭太がそう声をかけて、二人は中華料理屋に向かっていった。


 今日十月一日は、多くの企業で内定式が行われていた。莉緒の就職先も例外ではなく、二人は内定式の後に一緒にご飯に食べに行く約束をしていた。


「はあ、今日一日本当に疲れたー」

 中華料理屋に入って席に座るや否や、莉緒がそう言った。内定式では、いろいろな人の話を聞いた後に、立食パーティーがあったようで、人付き合いの得意な莉緒でもさすがに疲れたようだ。

「大変だったね。どんな仕事をこれからするかとか、いろいろわかったの?」

「ううん。そういうのはまだ先の話よ。今日は就職するということの心構えとか、会社の方針とか、そういうのを改めて聞かされたって感じ。正直退屈な時間が多かったなあ」

 恭太は内定式がどのようなものかまったく知らなかったため、莉緒の話はすべて新鮮に聞こえた。

「へえ、一緒に入社予定の人とも知り合えたの?」

「それは、もちろん。立食パーティーでもたくさん話したし、同期とは大体連絡先を交換したかな。気が合いそうな子も何人かいて良かった」


 恭太は莉緒の話を聞くのがいつも好きだった。付き合いたての頃は、お互いにドキドキしたり、ときめいたりすることも多かったが、今となってはそのようなことはほとんどない。その代わり、恭太は莉緒と一緒にいるときが一番落ち着くことができて、お互いに思っていることを素直に打ち明けられる、もはや家族のような存在であった。お互いの親も公認の関係であり、どのタイミングで結婚するべきかを話し合うことも度々あった。


「あ、そうだ。それよりも恭太良かったね。理美さんにちゃんと進学すること伝えられたんだね」

 内定式の話が一区切りついたら、莉緒が恭太のことに話題を変えた。理美と恭太の間にあったことは、すでに莉緒にも伝えていたが、そのことがあってから二人が会うのは、この日が初めてであった。

「あ、そうそう。いろいろ心配かけてごめんね。だけど、僕もお母さんもお互いに納得することができて良かった。これから本気で頑張らなきゃって改めて決意もできたし」

 そう恭太が伝えると莉緒は笑顔になる。

「もう、私が言ったように、もっと早く理美さんに伝えるべきだったのに・・・。まあ、うまくいったならそれで良かったけど」

「うん、だけどね・・・あ・・・」

「え?何??」

 恭太が何かを言いかけて止めたので、莉緒が聞き返した。恭太は、最近感じていた自分の父親に関する疑問について話すべきか躊躇していた。


「あのね、お母さんと揉めたときに、ふとお父さんのことについて気になったの」

 恭太はやがて、莉緒には話そうと決心して口を開いた。

「ああ、明敏さんのこと?」

 莉緒は、恭太の家に何度も来たことがあるので、明敏の名前と顔は知っていた。

「うん、そう。今回お母さんとここまで揉めた原因にお父さんが何か絡んでいるのかなって」

 莉緒は首をかしげてしばらく黙り込んでしまった。


「明敏さんが亡くなったのって交通事故だったんでしょ?」

 莉緒がそう口を開いた。恭太は黙って頷いた。

「だったら関係ないんじゃないかな。どう考えても、恭太のことと結び付けられないもの。きっと理美さんは明敏さんのことが急に恋しくなったのよ」

「そうだよねえ」

 恭太は莉緒の言ったことに納得した。確かに、恭太の進学と関係していたと思うより、理美が明敏のことを恋しく思っていたタイミングで揉めてしまったと考える方が自然なことに思えた。


「そんなことより、恭太は前を見なきゃ!!博士進学が正式に決まったんだからこれからもう頑張るしかないじゃない。決めた以上は悔いなく過ごさなきゃ」

 莉緒はそういって恭太を励ました。

「うん、もちろん。これから一生懸命頑張るよ。莉緒もこれから社会人になって大変になると思うし、一緒に頑張ろうね」

 恭太もそう力強く言い切った。

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