四幕:帳の向こうの彼は誰ぞ②

 そして場所は変わって夜の帝都。その外周。数年前に完成したばかりの第三城壁に配された最新鋭の防御設備は、その性能を遺憾なく発揮して、薄く、広く、わらわらと襲ってくる吸血鬼の眷属たちを撃退している。

 けれども。殺してもしばらくすると蘇生して再び進軍してくる眷属たちに、じわじわと防衛ラインが押し下げられてきているのも事実。

 そして、そのラインが下がれば下がるほど危険性の跳ね上がる場所がある。言うまでもなく、城壁の外にまで拡大を続けているスラム街である。まだ全域がすっぽり防衛ラインの中に収まってはいるが、城壁に守られていない以上、攻められた時に最も被害が出やすいのは間違いない。

 幸い、今回の襲撃はスラム街のある区画とは真逆の、地下迷宮がある方面からのものだったので、防衛体制が整う前に深刻な被害が出てしまうということはなかったが、じわじわと敵の侵攻は進んでおり、このままでは夜が明けるよりも前に吸血鬼の眷属と化した魔物たちがスラムの端まで到達してしまうことが予想されていた。

 故に聖教会は、それなら自動迎撃システムが街中に砲撃を撃ち込んでしまわないようスラム街周辺の防衛設備を一旦停止させ、代わりに帝都にいる冒険者たちに各自迎撃をしてもらうことを帝都の守備隊に提案した。守備隊側としても一番攻撃の激しい方面に人材を集中できるし、はっきりと口や態度に出した訳ではないが、スラム街及びその住人に対する好感が高い訳でもないので、その提案を喜んで受け入れた。

 その結果が、防衛の貢献度に応じて報酬を出すという先のお触れである。

 腕利きの冒険者たちの中でも特に血気盛んなものたちはこのお触れを聞き、深夜にも関わらず小遣い稼ぎに丁度いいとばかりに急ぎ馳せ参じてきた。中には純粋に帝都の防衛に協力したいと考えているものもいたが、大半は報酬目当てである。腕に覚えがあるにもかかわらず軍や自警団、傭兵などといった集団に所属せず、自由気ままな根無し草の生活を選ぶような輩は、往々にしてそんな感じなのだ。

 だが、故にこそきちんと相応の対価を支払うならば、彼らはとても心強い味方となる。

「お、なんだ。俺らが一番乗りかと思ったが、もう既に結構先客がいるな」

 一旦それぞれの自宅に戻って装備を整えてから出直すということはせず、ほぼ着の身着のままおっとり刀で駆けつけたにもかかわらず、ジェダたちがスラム街の端にたどり着いた頃には、既にそこかしこで冒険者たちと吸血鬼の眷属とによる戦闘が発生していた。

「え~~、意外と数いるじゃん。こんな裏手も裏手でこんなにもいるなら、いっちばん攻勢の激しい方はどんなもんだって話よ。波のようにうじゃうじゃいんのか?」

 げろげろ~という顔で今にも帰りたそうなジェダ。けれどもマッチョメンに首根っこを捕まれているため逃げるに逃げられない。

「さて、リーダー、俺たちはどうする?」

 うっかりすれば夜の闇に溶け込んで見落としてしまいそうなほど頭のてっぺんから足の先まで黒ずくめの格好をした男に、マッチョメンが問いかける。マッチョメンは暗に、ここではうま味がないから狩り場を移そうと言っている。リーダーと呼ばれた男もそれは承知のようで、ほぼ即答で「北に移動しようか」と指示を出した。

「北? 西ではなく?」

 指示には従いつつも抱いた疑問は素直に口にするマッチョメン。彼らが今いる位置からだと、西に移動した方が敵の本陣に近くなるので、それだけ雑魚相手の点数稼ぎもしやすくなるはずなのだ。それなのにわざわざ本陣から遠ざかる北方面へと指示を出すからには、そこには必ずワケがある。それが聞きたい。というのがマッチョメンことウルグス・バーデンスの意図。

「どーせいつもの『信頼できる筋からの情報』ってやつっしょ? 分かってるって」

 振り向き、リーダーが何かを言うよりも前に、ウルグスに俵抱きされたジェダが口を挟んだ。俵抱きにされている理由は、石畳の道を引きずって移動するのはさすがにジェダが可哀想だというちょっとずれた配慮からである。それなら自分の足で歩かせてほしいというところだが、そんなことしたら絶対逃げ出すのでダメとのこと。まあ実際そのつもりだったのでぐうの音も出せないジェダだった。

「お前には聞いてねえっての」

「マ、そんなところサ」

 ウルグスがジェダの尻を叩くのと、リーダーが薄く笑って冗談半分の言葉を返すのとは、ほぼ同時だった。

「さて、ここら辺でいいかな」

 そう言ってリーダーが足を止めたのはしばらく後。スラム街の中を丸々二区画分は歩いてからだった。道中、何度か物陰から飛び出してきた魔物に襲われたが、十人ほどの集団で移動している彼らが魔物一匹に遅れを取るはずもなく。だいたいはジェダが自分たちの周囲に展開しておいた匣にぶつかって動きが止まったところを、アレイス・ロイドのレイピアに刻んだ陣術による無詠唱魔法でこんがりと焼き、やけどの修復に大きく魔力を削られたところで他のメンバーが止めを刺すというパターンで処理していた。

「ここ? あと一区画も歩けばスラムの端じゃないか。なんでこんな中途半端なところで?」

 口を開いたのは、とりあえずついてきたはいいものの、夜戦では自分の出番がほぼほぼないことに途中で気付いた弓兵マルロット・リングベル。リーダーのことだから何か考えがあるんだろうけど……と言葉を濁しつつも、できればもう少し説明が欲しいといった表情。

 と、そこで、マルロットは闇の中を滑るように近づいてくる三人の人影に目ざとく気付いた。

「聖教会クローディア支部所属無影隊十七番です。お待ちしておりました」

 深夜だというのにローブのフードを目深にかぶっているせいで顔立ちが分からない。声も男女どちらとも取れる高さで、徹底して性別を判断するための要素が除かれている。

 無影隊。要は戦場を駆け回り、細かく情報の伝達をするための部隊である。念話による遠距離連絡網が一般的になってから人力での伝令はあまり活用されなくなったが、それでも念話術式への干渉が容易な高位の魔術を扱うもの相手では、いまだに現役で重宝されている情報伝達手段である。あるいは、軽々に人前では公言できないような内容を伝達するときにも。

 基本はスリーマンセルで動く彼らだが、三人のうち一人がイアンの元に歩み寄り、自分より頭一つ分近く背の高い彼に耳打ちする。

「付近の森に潜伏していた別働隊が行動を開始したとの連絡が先ほど。おそらくもうじき先陣が警戒ラインに到達するかと思われます」

「了解了解。ボクらはここでそれを迎え撃つ。レオンにもそう連絡しておいてヨ」

「承知いたしました。どうかご武運を」

 一礼して去っていく無影隊の三人。こそこそと会話をしていたようだが、山育ちで視覚だけでなく聴覚や嗅覚にも優れているマルロットの前では、その程度の内緒話など筒抜けだった。

(別働隊? 別働隊ねぇ……)

 一人こっそりと思案するマルロットはさておき、イアンは仲間たちのほうをくるりと振り向き、今聞いた内容をうまく翻訳した話をする。

「この先の森から吸血鬼の眷属の一団が迂回してくるらしいという情報が入ってネ、城壁外とはいえここも帝都の一部、住民たちに混乱が広がる前に少数精鋭で迅速に撃退してもらいたいらしいんだ。できるよネ?」

「なるほど。防衛網を抜けて散発的にやってくる魔物程度ならそこらの冒険者に適当に任せても大丈夫だが、集団でやってくる統制の取れた敵相手にはこちらも集団をぶつけようってワケだな。理解したぜ」

(ふーん、そういう風に誘導するんだ)

 ばっちり乗せられているウルグスを横目に、なんとなーく自分たちが貧乏くじを引かされたことを察するマルロット。帝都周辺の地形を鑑みるに、この方角の先にある森を経由して敵がやってくるためには相当な大回りをせねばならず、いくら敵襲のさなかといえど、数日前から帝都周辺を警戒していた聖教会がそんな集団で動く魔物を見逃して帝都の目と鼻の先に来るまで放置しておくとは考えにくい。

 となれば、今から自分たちが相手する敵は、今帝都を襲撃しているやつらとはまた別の敵なのでは?などという考えがマルロットの頭をよぎる。

「リーダー、ちょっと聞きたいんだけど、今襲ってきてる敵って十年くらい前に近くの村を壊滅させて聖教会に封印されてたやつってことでいいんだよね?」

 軽いジャブ。これですんなり肯定するならば、クロ。否定されたらそれはその時また考える。

「ああ、そうだネ。十年前の吸血鬼と同じだヨ」

 マルロットに先ほどの無影隊との会話が盗み聞きされているのは想定内だったのか、イアンの回答はよどみない。そして、こういう風にさらりと返答されることもまた、マルロットの想定内だった。

(今回の敵は十年前のやつと同じ。そこだけ肯定した。ということは、これから僕らが相手する敵も十年前のやつと同じ。そういうことなんだろうな……残党かな)

 ということは、今帝都の反対側にうじゃうじゃいるらしい成り立てホヤホヤの眷属たちよりも、これから自分たちが相手することになる眷属の方が圧倒的に強い。魔力がある限りは死なない、言い換えれば魔力が枯渇すれば死んでしまうのが吸血鬼の性質なのだから、長生きしているということはそれだけで強力な相手という証拠なのだ。

 無論、何百年と生きる吸血鬼からして見れば十年など誤差の範囲かもしれないが、問題はそこではない。要は、アウルミルが聖教会に封印されるよりも前からの眷属である、というところが重要なのだ。下手すると彼の大吸血鬼が成り立ての頃に眷属としたレベルの古参が出てくるかもしれない。まあ、そんだけヤバいやつが出てきたらリーダーに丸投げすればいいか、と、そこは楽天的に考えているマルロットだったが、それでも彼らが貧乏くじを引かされたことに変わりはない。数が多いし何度も致命傷を与えねばならないが、まだ通常の魔物に毛が生えた程度の強さしかない成り立てホヤホヤの眷属たちを相手にするほうがどれだけラクか。という話である。

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