一幕:身を焦がすは水の底②
「おそらく、風花の言うとおり複数の部隊が一緒に行動していたのは間違いないだろう。だが、問題なのは、『何故』複数の部隊が一緒に行動していたか、だ。風花、お前はなんでだと思う?」
作業場に残してきた仲間の元へと歩きながら、シヴァが風花に問いかけた。
「いや、そんなことは分かんねっすよ。あたしは見たままを述べただけなんで」
即答。
「いやいや、少しは考えるそぶりを見せてくれって。話が進まないだろう」
「そうっすねー……じゃあ、丁度哨戒の交代のタイミングにあたしらがはち合わせちゃった、とか?」
「適当だな……まぁ、いいか。リズは?」
「マオの答えと同じだ」
「まだぼく答えてないけど?」
「だが、私はお前の観察眼を評価している。お前の推論であれば、私はどれほど荒唐無稽なものであろうと支持するさ」
シヴァから矛先を向けられたリーゼリットは、けれども涼しい表情でそんなことを言ってのける。そして、急に水を向けられたマオはと言えば、隣を歩く彼女の顔を見上げ、それから上空へと視線を移し、にやりと口角を吊り上げた。
「どんな荒唐無稽でも? じゃあ、たとえばさっき殺した五匹の魚人が、実はみんな家族で、哨戒任務中にこっそり家族の団らんをしていた、とかでも?」
「あぁ。支持するぞ」
「ちぇー、ノリが悪いぞー」
「こういう反応をされるのが、イタズラ坊主には一番堪えるというのをよく知っているからな」
「ちぇー」
いかにもつまらないという表情でため息を吐いた後、マオはようやく「本命」を口にする。
「シヴァはさ、あいつらが一緒に行動していたのは偶然じゃないと思ってるんでしょ? だったら答えは一つじゃないか。
つまりはそういうことである。偶然同じ場所にいたという訳でないのなら、彼らには一緒に行動するべき理由があったということ。
そして、哨戒部隊を大所帯にする理由など、厳重に警護すべき重要な相手が近くにいるか、もしくは通常の頭数では対応できない何かしらの脅威が迫っているくらいしかない。そして、救援がすぐには駆けつけてきていないことから、近くに警護対象がいるという可能性は薄い。
となれば、残るは一つ。この階層に、もしくはこの地下迷宮に、リーゼリットたちの把握していない脅威が潜んでいる。それも、魚人たちがあからさまに強く警戒するほどの「何か」が。
探索者は命あっての物種。常と違う事態が進行しているということであれば、それが稼ぎにつながるかどうか見極めのつくまで、君子危うきに近寄らずを敢行するまでである。
「なるほどー。だからみんな急いでいた訳なんすねー。あたしバカだからそういうの全然わかんなくって」
「謙遜はいい。だが、必要以上の卑下はやめておけ。それは“クセ”になる」
「や、謙遜とか卑下じゃなく、単なる『事実』っすよ。あたし、ずっと刀だけ振るって生きてきたせいで一般常識に疎いから」
「それなら尚更だ。いつも言っているだろ。まだスタートラインに立ったばかりなのに、レースの始まる前から負けた時の保険をかけるべきじゃないって」
「リズ、正直そのたとえ意味よく分かんないんだけど」
「な、なんだと……!?」
「なんだ、無自覚だったのか。僕はてっきり、そういう分かるような分からないような微妙なラインのたとえを使うのが趣味なのかと思っていた」
「あー、シヴァはまだあんまり見たことなかったかな? わりとリズこういうとこあるよ。そういう意味じゃ、リズも風花と同じで一般常識に疎いんだよね」
「おい、それは本人の目の前で言うことか?」
「わっはっは」
「おい」
「あ、見えてきたっすね」
途中から話の環に加わることを放棄していた風花が、前方の水中に見覚えのある人影がぼんやりと浮かんできたのを指さす。
「おーいおーい」
のんきに手を振る風花だったが、手を振る先の空間にも、ついさっき目にしたばかりのものが漂っているのを見ると、思わず足を早めた。
同じものに気付いていたリーゼリットたちも同様に駆け出し、仲間たちの元へと急ぐ。
「ネル! マリー! ルシール! 大丈夫だったか!?」
「あぁ、リズ、遅かったわね。うん、こっちは大丈夫。襲ってきた魚人はルシールとあたしで倒したから」
手近な岩に腰掛けてリーゼリットを待っていた女性が、ひらひらと気楽そうに手を振っていた。
「こっちに一匹来たってことは、そっちは二匹? その割には結構時間かかってたわね。何かトラブルでも? それで急いで移動してきたのかしら?」
「マリー! 大丈夫か!? ケガしてないか!?」
「うん。私は平気。ネルとルシールが守ってくれたから」
ネルの隣に座っていた少し小柄な少女に、シヴァが弾丸のごとき勢いで抱きついた。シヴァはすぐさま少女の全身を服の上から触診し、ケガなどがないか確認していく。
「……なんと。救援を呼びに行ったと思っていたやつが、まさか私たちが先行させた面々とはち合わせていたとは……」
「いやぁ、偶然だねぇ。一石二鳥とも言う」
「? どゆこと?」
事情の把握できないネルが、小首をかしげて二人に説明を求める。
「んーと、つまりは、もう危険は去ったっぽいので安心ってことっすかね?」
「はぁ?」
風花の過程を全てすっ飛ばした上に結論すらも若干省略気味な発言を受け、余計に混乱した表情を浮かべて、ネルが素っ頓狂な声を上げる。
「実際はそうとも言い切れん……が、とにかく今は時間が惜しい。ルシール、採掘作業はもう終わっているな?」
「モチのロンだぜ。とりあえず最低ラインの分だけ採掘して、あとはいつでも撤収できるように支度してあった」
「上出来だ。では、すぐに地上に戻ろう。説明は道すがらで行う」
リーゼリットが不意に、一人だけ全然会話に参加してきていなかった男に声をかければ、暇そうに首から提げたタオルで汗を拭いていた男は、打てば響くとはまさにこのことと言わんばかりの答えを返す。
ルシールの言葉に流石だと頷いたリーゼリットが、素早く号令を出す。すると、それまでてんでばらばらに盛り上がっていた面々が、まるでそうすることがあらかじめ決められていたかのような淀みのない動きで荷物を拾い上げ、あっという間に出発の準備を整った。
「はい、準備かんりょー。まぁ、既にまとめられてた荷物を手に持っただけなんだけど」
「それは言わないお約束ということで」
「つまり、俺の手柄だな」
仲良く手をつないだシヴァとマリエッタを中心に、リーゼリットたちは誰が指示するまでもなく円陣を組んで移動する。
「で、さっきの説明の続きは?」
「あぁ、そうだったな。えぇと、どこまで話をしてあったんだったか……」
「僕たちの遭遇した部隊から離脱したやつが、偶然ネルたちのところに辿り着いていて、増援を呼ばれる危険が知らないうちに排除されていたってところまでさ」
顎に手を当ててリーゼリットが視線を宙に向けたところで、すかさず一歩後ろを歩くシヴァから助け船が入った。
「なるほど、そこからか。であれば……そうだな、まずは私たちの遭遇した敵が、複数の部隊が一緒に行動している相手だったというところから話そうか」
「うん? つまりどゆこと?」
「つまり、魚人たちにとって、何かしらの非常事態が起きている可能性があるという事だ。それも、通常よりも哨戒部隊を増員し、かつ、複数の部隊で行動させないと対処できない可能性のある類の非常事態が、だ」
「ははー、なるほどなるほど。それはやべーわね」
「そうなんすよ。やべーんすよ。たぶん」
「確証はないんだがな」
「だけどもまぁ、本当にそういう事態が進行していた場合に、こんな結界一つに守られているだけの袋小路で彼らの警戒する『危険』に遭遇したくはないじゃない?」
「そうねー。ここで遭遇すると、防御結界を発動させるには一度この移動用結界を解除しないといけないし、そうなると今度はその場から動けなくなっちゃうから、余計袋小路が加速するものねー」
「……なんか、普段のお前の雰囲気に慣れてると、急に知的な話をしだすとびっくりするわ」
「はぁ? ケンカ売ってる?」
「いや、どちらかと言えば褒めてる」
「あれ、ルシールは知らないんだっけか? ネルは僕たちと同じく、それなりに由緒ある魔法使いの家系出身だぜ。家督は妹が継ぐから気楽なもんだって言ってたけどな。僕は家督を継ぎたくなくて逃げてきたので、その点はとても羨ましいと思っている」
「ガチトーンかよ……とすると、アレか? ネルも何かしら魔法が使えるのか?」
「え、使えないけど?」
「は?」
あまりにもあっけらかんと言われたので、聞き間違いだったのではないかと思わず相手の顔をまじまじと見つめてしまうルシール。
「だから、使えないんだって。あたし、そっちの才能からっきしだったの。で、弟も似たようなもので、ちょっと年の離れた妹にようやく才能ある子が産まれてきたのね。だからあたしたちはお役御免ってことで、あとは放任。だから、ある程度理屈は知ってるけど、実践はできないのよ」
「なるほど……なんかすまねぇな、立ち入った話をさせちまって」
「別に? もう気にしてないわよ、そんな十年以上も前の話。だって、もう魔法とは縁のない世界で生活してる期間の方が長いし」
「うんうん、羨ましいなー」
「羨ましいねー」
「だからガチトーンやめれや。しかも今度は二人も」
「わはは」
「えへへ」
「あっ、やば……」
のんびりと雑談に興じながら出口に向かって移動している途中、何かに気付いた様子で風花が不意に立ち止まった。
「シヴァ、マリー、結界の強化を」
「言われるまでもなく」
「僕たちによる華麗な共同作業をよく見ていたまえ」
突如立ち止まった風花に対し、誰も誰何の声を上げることなく、素早く臨戦態勢に移行する。
仲間の中でも最も野生の勘とでも言うべきものの鋭い風花が、不穏な言葉を呟いて立ち止まった。それだけで、もう彼らにとっては十二分に警戒すべき事態なのである。
しかも、今回は単なる裏付けも何もない目の前の状況からの適当な類推ではない。風花は、リーゼリットたちの進む方向、つまりはこの階層の出口付近に対して、明確に何らかの脅威を感じ取っている。その第六感に幾度となく助けられてきた経験のある彼らが、彼女の捉えた違和感をないがしろにするはずがないのだった。
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