第10話 クリスマス

 12月になった。バイクにとって冬はオフシーズンだ。寒いというのもあるし、冬は山道へ行けないのだ。優しくて何でも許してくれるお父さんも、珍しくこれだけは許してくれなかった。

「あかり、冬は山には行ってはいけないぞ。道が凍るからな。凍った路面はバイクではどうにもできない。」

 おまけに、2年生だから模擬試験や実力試験も増えて、すっかり疲れてしまった。

 お昼休み、すばるの飲み物もコーヒー牛乳からホット缶のカフェオレに変わっていた。

「すばるちゃんはこんなに寒くてもバイク乗ってるの?」

すばるは缶コーヒーをすすった。

「ロングはしないけど、2週間に1回くらいは乗ってるよ。放置してたらバッテリー上がっちゃうし。」

「どこ走ってるの。お父さんが冬は山に行っちゃダメだって。」

「私も冬は山道は行かないかな。寒いし。バイパス流したりするだけだよ。」

校内放送で、往年のクリスマスソングが流れだした。私はふと思った。

「ねえ、クリスマス会やらない?私と、すばるちゃんと、いつきちゃんで。」

「えっ、まあ、いいよ。」

私はいつきちゃんにメッセージを送ってみた。

「いつきちゃん、京都なら来れる?」

「行けるで。ここから奈良と同じくらいや。」

こうしてクリスマス会が企画された。


 当日。今日は珍しくすばるが用事だったので、終わり次第直接家に来てくれることになった。京都で3人集合する計画だった。

 すばるを載せたCBRが到着すると私は玄関を出て出迎えた。挨拶を交わしている間に、お父さんが出てきた。

「君がすばるちゃんか。あかりから話は聞いてるよ。」

「初めまして。」

あいさつを交わすと、「ちょっといいかな」と、お父さんはすばるのCBRをしげしげと見始めた。

「チェーンもサスペンションもきれいだ。よく整備されてるね。」

「あ、ありがとうございます。」

お父さんがCBRの周りをぐるぐる周りながら見ていると、すばるは思いきったような様子で質問した。

「あの、お父さんもバイク乗られるんですか。」

お父さんは少しドキッとして答えた。

「ああ、昔ちょっと、ね。」

「あら、お父さんは昔バイク乗ってたのよ。」

お母さんが出てきて言った。お父さんは隠し事がばれたように、あわてて静止した。

「お母さん、それは……。」

「お父さんはあかりが生まれる前はバイクに乗ってたのよ。でもあかりが生まれたときに『子供がいるのに事故ったらまずいから』ってやめちゃったのよ。」

「えっ、そうだったの。」

私は初めて知ったので、びっくりした。

 お父さんは珍しくどぎまぎしていた。でも私のことを思ってバイクを降りたというので、嬉しいような、お父さんに申し訳ないような、複雑な気持ちになった

 すばるの方を見た。すばるは、なぜか伏し目になって複雑そうな顔をしていた。

「すばるちゃん?」

「あ、ああ、もう行く?」

名前を呼ぶと、すばるははっとしたように返事をした。


 待ち合わせ場所の京都のバイク用品店に着いた。バイク置き場にV-Stromが止まっていて、すぐにいつきと落ち合うことができた。

「ごめん、待たせた?」

「うちもついたとこやで。道路はどれくらい混むか分からへんしなあ。寒いし入ろ入ろ。」

 私たちは店へ入るとすぐバラバラになった。今日はプレゼント交換をすることにしていたのだ。3人ともが今日プレゼントを買う。

 バイク用品店でプレゼントを買うと、カフェへ移動してケーキを食べた。

「ここでお楽しみのプレゼント交換や~」

 いつきちゃんは3本のくじを取り出した。「あかり」「すばる」「いつき」と書いてあるくじを引いて、くじに書いてある人からプレゼントをもらう、という仕組みだ。

「じゃんけんぽん!」

私、すばる、いつきちゃんの順番でくじを選ぶことになった。

「じゃあいくよ……、せーの!」

私は「すばる」、すばるは「いつき」、いつきは「あかり」と書いてあった。

「じゃあ、まず私から。はい。」

すばるがプレゼントを取り出して私に手渡した。私はバイク用品店の袋から中身を取り出した。いいメーカーのホワイトルブだった。

「これ、いいやつなんだよ。」

「へえ、ありがとう。すばるちゃんらしいね。」

そういうと、すばるは少し照れた。

 「じゃあ次は私からいつきちゃんだね。」

「わあ、楽しみやわ。」

「はい、どうぞ。」

私はいつきちゃんにプレゼントを渡した。冬用グローブだった。

「うわあ、ありがとうな。」

「ううん、バイク用のだからあまりかわいいのなかったんだけどね。」

「うれしいわ、大事にする。」

 最後にいつきちゃんからすばる。ステッカーだった。

「誰に当たるかわからなかったから、5枚買ってん。」

「ありがとう。じっくり考えて貼るよ。」

 プレゼント交換の後、私たちはしばらく話し込んだ。いつきちゃんは自分が住む街のことを話してくれた。生駒山のこと、大和川のこと、ベイエリアのこと。私たちも琵琶湖のこと、宇治川のこと、信楽高原のことを話した。

「まだまだたくさん楽しいところあるんやなあ。来年は3人でツーリングしたいなあ。」

「私も大阪行ってみたい。」

「いいよいいよ、いつでも案内したげるわ。」

「すばるちゃんは大阪に行ったことあるの?」

すばるは遠くのどこかを見て、ぼうっとしていたようだ。私が話を振ると、はっとして会話に戻ってきた。

「そういえば、大阪は行ったことないな。行ってみたいかも。」

 

 大阪へ帰るいつきちゃんを見送って、私たちも帰路に就いた。日が傾いてしまって、街灯がつきはじめていた。国道を走っていると、不意にすばるは話しかけてきた。

「ねえ、あかり。」

「なあに?」

「私たち、これからも、ずっとこうして一緒に走ってられるのかな。」

唐突な問いかけに、しばらく答えることができなかった。インカム越しに沈黙が漂う。

「私は。」

少し考えてから返事をした。

「どうなるかは分からないけど、私は、すばるちゃんと一緒に走っていたいな。」

 すばるが「えへへ」と笑う声が聞こえた。ところどころにきれいなイルミネーションが、冬の澄んだ空気越しにきらめいていた。





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