第9話 ライダー達と針テラス

 カレンダーはもう10月、ツーリングには一番最適な季節だ。それなのに。

「ああ、テスト嫌だなあ。」

私は単語帳を見るのをやめて机に突っ伏した。私たちはライダーだ。だけどそれ以前に高校2年生だ。

「仕方ないよ。頑張ろう。」

すばるはそういうとコーヒー牛乳を一口飲んだ。すばるは私より成績がいい。私ほど切羽詰まって勉強しなくても合格点が取れるのだろう。私も別に合格点はほどほどに勉強してたら取れるのだけど、やるからにはいい点が取りたかった。でも、バイク免許がかかっていた前回ほどモチベーションが上がらない。

 「そうだ、試験終わったら、針テラス行こうか。」

「針テラス?」

「針テラスっていう道の駅があるんだよ。バイク乗りが集まるとこ。」

すばるに写真を見せてもらった。バイクが並んでいる写真だ。

「すごい、行ってみたい!」

こうして私たちは針テラスに行くことにした。期末試験は二人とも合格点で乗りきれた。


 期末試験の後の週末。私たちは国道1号を西へ向かった。前回の帰路の逆回しで宇治へ出た。高速道路の標識を見て、すばるがぼそっとつぶやいた。

「京滋バイパスが使えたらなあ。」

京滋バイパス。京滋バイパスを使えば、瀬田から宇治までを高速道路で楽に行き来することができる。でもYBRのような小型二輪は通れないので、山科を回るか、宇治川ラインという山道を通らないといけない。

「ごめんね、私に合わせてもらっちゃって。」

「いいよ、気にしないで。京滋バイパスはお金かかるし、どのみちそんなに通れないよ。」

お金のことは確かにある。だけど片道460円だから、たまのツーリングくらいは使える金額だ。

 コンビニ休憩の後、京滋バイパスの下を通って、国道24号のバイパスに出る。左折すると、幅の広い並木道へ出た。一面田んぼのなかにきれいに整備された広い道が敷かれているのはおもしろい景色だった。

 そのままずっと国道24号を通って奈良市内に入った。三条通りに入る。

「奈良なのにあまり鹿さんいないね。」

私が言うと、すばるは少し笑った。

「鹿は奈良公園の近くしかいないよ。というか鹿は道路に飛び出してくるから普通に怖いよ。」

 道は奈良市の中心を外れて山道に入っていく。本格的な山道になる前に、コンビニで休憩した。再出発する前に、少し心配そうな顔をして話しかけてきた。

「ここからは、宇治川ラインよりきつい山道だよ。」

マップを見ると、蛇がはっているような道になっている。

「宇治川ラインとちがってきつい登り坂だし、Rもきついから、YBRだとパワーが足りないかもしれない。だから登りきるまでは4速よりは上げないようにしてね。速度も控えめるから。」

テクニカルな解説の後、すばるは少しもじもじした。

「今日は、その……。」

すばるは先週の失敗を思い出したようだった。でも、あれは私の失敗でもある、ディスコミュニケーションだ。そう思っていたら、すばるはなんとか言葉を見つけ出したようだ。

「ちゃんと、あかりを見てるからね。」

あまりに実直な言葉に顔が熱くなった。

「もう、大げさだよ。」


 奈良県道80号。確かにすごい山道だった。きつい登りで、私たちは登坂車線に入った。登坂車線が終わると、すばるから交信が入る。

「ここから、本番だよ。」

登りで見通しの悪いヘアピンカーブが続く。前とちがって、すばるは相当速度を落としてくれて、なんとかついていくことができた。

 針テラスが近づくにつれて、バイクとすれちがう数が増えた。最近、運転にも余裕が出てきて、対向車の様子を見れるようになった。対向のバイクとすれ違うとき、すばるが左手でピースサインを送っていた。私はよくわからなかったので尋ねた。

「何それ?」

「ライダー同士ののあいさつだよ。バイクとすれ違うとき、『互いに安全で楽しいツーリングになりますように』というサインなんだ。」

「へえ、そうなんだ。私も次からやってみようかな。」

「いいけど無理はしないで。安全を祈って事故ったら危ないからね。左手でやるのがいいよ。」

前からレーサーバイクが来た。すばると同じようにして私も左手でピースしてみた。するとレーサーの人は手を振って答えてくれた。私は、自分がバイク乗りとして認められた気がしてうれしくなった。

「やった!返事してもらえた!」

「うれしいね。」

私は楽しくなって、レーサー、ネイキッド、アメリカン、スクーター、果ては自転車にもピースサインをしていた。インカムを通じてすばるがくすっと笑う声が聞こえた。


 針テラスに着いた。天気も良かったからか、ものすごい数のバイクであふれかえっていた。

「すごい。こんなにたくさん。本当にライダーの聖地なんだね。」

「確かに今日はまあまあいるね。天気もいいからかな。」

バイクは駐車場を溢れて二輪エリアの外まで広がっていたけど、2台だったので駐車場に止めることができた。

 ヘルメットを脱いで一服しようとしたとき、私たちと同じ列で黄色いバイクがちょうど出ていくところだった。見ていると、目の前で何かの拍子にブレーキを握ってしまって、ガクンとなった。

「危ないっ。」

「ガシャーン」

黄色いバイクは右に立ちごけしてしまった。私とすばるは思わず駆け寄る。

「大丈夫?」

「いたたたた……、大丈夫やで、ありがとう。」

乗っていたのは、よく見ると女の子だった。すばるが倒れたバイクのサイドスタンドを立てると、乗っていた女の子は引き起こした。

「サイドスタンドありがとうな。うち、田辺いつき。よろしく。」

「私は星田あかり。よろしくね。」

「谷川すばる。よろしく。」

自己紹介が終わった。すばるがバイクを見て言った。

「いいVストだね。どこから来たの。」

「ありがとう。東大阪やで。そっちもCBRかっこええなあ。」

2人の間でライダー談話が盛り上がる。いつきちゃんのバイクはVストロームというらしい。

「すごい、2人とも一目見ただけでバイクの名前わかるんだね。」

「いや……。」

いつきちゃんとすばるはバイクの方を見る。

「書いてあるから。」

よく見ると、CBRもVストロームもサイドカウルに名前が書いてあった。

「あたしもバイク全部知ってるわけじゃないよ。カウルのあるバイクは書いてるから自然と覚えるけど、アメリカンとかよくわかんないし。」

「うちも免許取って1年経ってへんし、あんまりわからへんわ。」

「私と一緒だ!」

「そうなんや。一緒やな。」

 すばるは時計台を見た。時間を確認して、はっとしたように言った。

「引き止めちゃってごめんね。出ていくところだったんでしょ。私たちは今から休憩だから。」

「いや、特に予定があるわけじゃないし、ここで会ったのも何かの縁やし、うちももうちょっと休憩するわ。ご一緒してもいい?」

「もちろん。すばるちゃんもいいよね。」

「うん。」

すばるが心なしか少しむすっとしているように思えた。私たちは自動販売機で缶コーヒーを買って、駐車場の前に置いてあるテーブルについた。

 「お二人さんはどこから来たん。」

「滋賀だよ。」

「へえ、琵琶湖一周とかし放題やん。ええなあ。」

「いつきちゃんも琵琶湖一周したことあるの?」

「あるよ。毎年1回くらいはやってるわ。」

「そうなんだ。じゃあいつか一緒にやりたいね。ねえ、すばる。」

すばるの方を見ると、すばるもうなづいた。

「そうだね。同世代でバイクに乗る女の子ってそんなにいないし、いい縁だしね。」


 私たちは連絡先を交換して、帰路に就くことにした。

「お二人さんはどうやって帰るん。うちは名阪国道やけど。」

「あかりは原二だから名阪通れないんだ。非名阪で天理まで降りるよ。」

「あらまあ、それは気を付けてね。うちは今日は名阪使うわ。」

すばるはガッツポーズをすると、ヘルメットを被った。名阪国道も無料とは言え自動車専用道でYBRは走れない。

 私はまた気を使わせちゃったなと思った。ヘルメットをしてインカムをいれると、一言謝った。

「ごめんね、また気を使わせちゃって。」

「もう、『ごめんね』はなしだよ。」

すばるは返した。

「それに京都方面は名阪が使えてもきつい道しかないしね。それよか、あかりこそ非名阪気を付けて行こうね。」

 非名阪。国道25号線は山間の区間は名阪国道という自動車専用道路なのだけど、名阪国道を走れない車両のために、それに並走して旧道が残されている。

 私たちは針テラスを出て来た道を少し戻ると、すぐの脇道に入った。よく見る国道のイメージと違う道になってびっくりした。

「えっ、これが本当に国道なの?」

「そうだよ。びっくりでしょ。」

センターラインがない細い道。舗装もひび割れていて、タイヤが音を立て、サスペンションが伸び縮みする。

「なんだか怖いね。」

「このあたりはね。」

ガタガタ音をたてながら、舗装の悪い道を進む。再び名阪国道のインターチェンジと交差する。

「高速が使えたらなあ。」

今度は私がつぶやいた。今度は気を使ってじゃない。自分の愛車が「排気量が小さいからという理由だけで通れない道路がある」ということがちょっとだけ悔しいのだ。

「いや、ここから先は名阪も難所なんだよ。」

すばるが教えてくれた。

「ここからは山を下るから、名阪国道も高速なのにすごいカーブなんだ。だから事故も多い。ギリシャ文字のオメガみたいなカーブがあるんだ。」

「オメガ?」

ギリシャ文字なんかちんぷんかんぷんだった。Σ(シグマ)ならこの間数学で見た気がする。θ(シータ)もわかる。でもオメガはどれかわからない。

「また後で教えてあげるよ。」

すばるは言った。

「でも、この先は非名阪もやばいけどね。」

 2個目のインターチェンジを過ぎると、すばるの言う通り山道のおもむきが強くなってきた。下り坂の先に鬱蒼とした薄暗い林が広がり、道路はその中を下っていく。勾配もそこそこだ。

「ギア下げて。エンジンブレーキで下ろう。」

すばるが声をかけてくれる。私はギアを5速から4速に下げる。エンジンの唸りが大きくなる。

「この先ヘアピンもあるからゆっくりね。」

カーブが見えてきた。ほとんど360度ターンするヘアピンカーブだ。

「サードまで下げて。」

「うん。」

すばるはアウトインアウトの理想的な軌跡を描いて曲がっていく。ギアをサードに入れていたおかげで速度が上がらない。おかげで自分のペースでゆっくり曲がることができた。

 やがて天理の市街地へ入った。私はほっとして声を出した。

「やっと終わった。」

「お疲れ様。山下り上手かったよ。」

そのあとは休憩をはさみながら国道24号で来た道を帰った。





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