第4話 愛車選び

 学科試験は尋常でないプレッシャーの中で受けることになった。実技試験とちがって学科試験は平日しかやっていない。ちょうど実技試験に受かった日の次の週に創立記念日があって平日にお休みがもらえたけど、落ちてしまったら夏休みまで学科試験を受けられなかったのだ。まるで私だけ定期試験が1回増えたみたいだった。だけどなんとか合格して免許証を交付してもらうことができた。

 「じゃじゃーん!」

次の日のお昼休み、すばるに免許を見せびらかした。

「すごいね、ちゃんと取れたんだ。」

「そりゃ、ちゃんと勉強しましたから。」

自慢気に言うと、すばるは少し笑った。

「でもあたしも同じの持ってるんだけどね。」

すばるも自分の免許証を出した。種別欄に同じ「普自二」とだけ書かれた免許。だけど私の免許には「普通二輪は小型二輪に限る」と書かれている。

 「で、バイクはいつ買いに行くの?」

すばるは、まるで自分が新しいバイクを買うかのように、嬉しそうに聞いてきた。

「うーん、今度の土日かな。」

 そして次の土日、私はすばるとバイク屋さんに行った。お父さんは、約束通り足りない分は出してくれると言ってくれた。だからこの日は見積もりをもらって帰ることになっていた。

 すばるのなじみのバイク屋さんに連れてきてもらった。メーカーの系列店だったけどこじんまりしていた。すばるいわく「本当に腕利きのバイク屋さんはこんなもん」らしい。

 店に入ると奥からつなぎ姿の中年のおじさんが出てきた。

「いらっしゃい。おっ、すばるちゃん、どうしたんだい?」

「友達が免許取ったから連れてきたんです。営業の人を呼んでもらえませんか。」

おじさんが営業の人を呼ぶと、また別の人が出てきた。制服姿の中年くらいだけど清潔感のある人だった。

 「小型限定ですか、それだと、国産はまずほとんどスクーターですね。」

それを聞いて、私は少しがっかりした。すばるは納得した顔で言った。

「まあそうなりますよね。スクーターも悪くはないと思うけど、あかりはどう?」

「スクーター……。」

スクーターは一応AT体験として教習所で乗ったことがある。スクーターはひねるとクラッチを操作しなくても前へ進む。またがるというより座って乗れるので、スカートやかわいい服装で乗れる。それでも。

「私、スクーターじゃないのがいいです。ちゃんとしたまたがるバイクに乗りたいんです。」

「そうですか。それなら、国産じゃないですがこれなんかどうですか。」

 そこには、ちゃんとまたがるタイプの青いバイクがあった。一見すると他の250ccと同じくらいのサイズがある。側面には「YBR125」と書いてあった。

「これは逆輸入車なんですよ。国内メーカーなんですけど、海外向けに売ってるバイクを輸入してきたものです。もちろん整備はうちでちゃんと保証しますよ。」

 小型二輪免許で乗れる、本格的なバイク、というと実質これ以外に選択肢はなかった。というか私はこの子に一目惚れしていた。

「そうですね、すばるちゃんはどう思う?」

一応すばるにも聞いてみる。

「あたしもいいと思う。YBRはいいバイクって聞くし、何と言っても……。」

そして値札に目を落とす。

「あ、いやなんでもない。いいと思うよ。」

 こうして私は初めてのバイクをYBR125に決めた。見積もりをもらってお父さんに渡して、後日一緒に契約してもらった。


 いよいよ納車の日。お店で納車することになっていた。キャンペーンでヘルメットはついてきたので、納車されたらすぐに走れる状態だ。

 すばるは先に店に着いていた。この後バイク用品店で一緒に必要なものを見繕ってくれる約束だった。そう、この日は初めてすばるの後ろを走る日だった。

 「ごめん、待った?」

「いや、あたしも着いたところだよ。というかあかりの納車でしょ。あたしは見に来ただけだよ。」

話をしていると、奥からつなぎのおじさんが出てきた。

「おっ納車だね。ちょっと待っててね。」

親父さんは一度奥に戻ると、ピカピカの青いバイクを押して出てきた。これから私の愛車になるバイクだ。

「はい、お待ちどう。しっかり整備しておいたからね。」

 おじさんから取り扱いの説明を受けた。慣らし運転期間である1000kmまではあまり回してはいけないこと、慣らし運転が終わったら必ずオイルを交換すること、ガソリンはあまり入ってないからまず給油すること。

 そして、エンジンキーと書類、キャンペーン特典のヘルメットを受け取った。

「これからすばるちゃんとお出かけかな。」

「はい、用品店に連れていってもらうんです。」

「そうなんだ、じゃあ初めての公道、気を付けてね。ま、すばるちゃんが一緒だから大丈夫だと思うけど。」

不意に名前を出されたすばるは少し照れていた。

「はい、気をつけます。ありがとうございました。」

「それじゃ、行こうか。」

すばるは私に声をかけると、CBRにつけていたヘルメットを手にとって被った。私ももらったばかりのヘルメットをつけた。CBRのエンジンがかかる。私も、スタンドを払ってYBRにまたがり、左足をついてニュートラルに入っていることを確認して、クラッチを握り、エンジンをかけた。

 初めての公道。そう思うと少し緊張してきた。すばるの方を見る。すばるは前を向いていたけど、目が合うとガッツポーズをしてくれた。

 バイク店を左折で出る。次のお店は右折で出た方が近いけど、「右折は難しいから遠回りでも左折で出るよ」と言っていた。距離にして3キロ。

 左折ができただけで嬉しくなった。40キロ制限の道路で前は空いていたので、4速まで上げた。教習所では30キロまでしか上げられなかったので、初めて40キロの風を浴びた。私は思った。

「とてもすごい乗り物を手に入れてしまった。」

 私たちは途中でセルフのガソリンスタンドへ入った。すばるはCBRを端に止めて歩いてきた。

 「ガソリンの入れ方教えてあげる。セルフのスタンドの方が安いんだよ。」

すばるは丁寧にガソリンの入れ方を教えてくれた。

 タッチスクリーンには「軽油」「ハイオク」「レギュラー」と書かれている。

「さて、YBRのガソリンはどれでしょう。軽油が一番安いけど?」

「そ、それぐらいわかるよお。」

すばるがかけてきた鎌を私は見抜いた。

「だって軽油って、軽自動車に入れるガソリンでしょ。」

すばるは小さく吹き出して笑いだした。

「惜しかったね。軽自動車に入れるのもレギュラーだよ。YBRもレギュラー。」

そういうとすばるは赤いレギュラーのボタンをタッチした。

 その後お金を入れて、静電気除去シートをさわって、タンクのキャップを開けた。ノズルをタンクに入れて引き金を引くと、勢いよくガソリンが出てきた。

 ある程度入った頃、ガクンと音がしてガソリンが出てこなくなった。

「あれ、これで終わりなのかな。」

「ああ、これはちがうんだよ。タンクを満タンにするにはコツがあってね。ノズルを少し上げて軽めに引いてみて。」

言われた通りにすると、少しずつガソリンが出てきた。満タン近くで勢いよく入れると吹きあがってくるガソリンで安全装置が作動してしまうらしい。これで中の線までぴったり入れることができた。ノズルを元の位置にキャップを締めた後、レシートを機械に持っていってお釣りをもらった。

 ガソリンの入れ方を教えてくれただけなのに、すばるがとても頼もしく感じた。すばるがいなければ、私はガソリンの入れ方も知らなかったのだ。

「ありがとう、私……。」

すばるは微笑みながら言った。

「大丈夫だよ。初めてなんだしさ。知らないこともあって当然だよ。」


 その後しばらく走ってバイク用品店に着いた。ヘルメット、プロテクター、グローブ、バイクに乗るのに必要なものをすばるは教えてくれた。

「これからの時期は暑くなるから、プロテクターの入るメッシュジャケットを買っておいた方がいいよ。」

「ねえ、このジャケット、よくない?」

「どれどれ、あっこれ、付属のプロテクター薄いな。別売りのを買った方がいいよ。」

プロテクターを見に行った。結構なお値段。

「ええ、そんなの事故になったときしか使わないじゃない。そこまで買う必要あるの?プロテクターは要らないって人もいたよ。」

 すると、すばるは急に険しい顔になった。

「事故で死んだ人は、帰ってこないんだよ。」

すばるの語気が荒くなる。沈黙と、完全に凍り付いた気まずい空気。私は、バイクをなめていると怒られたと思い、申し訳なくなった。

「ご、ごめんね。じゃあ私、プロテクターも一緒に買うことにするよ。」

私の謝罪ですばるもはっとして、表情をやわらげた。

「私の方こそ、変なこと言っちゃってごめん。」

すばるは冷静になって続けた。

「でもプロテクターは大事なんだよ。プロテクターつけてて助かったっていう人もたくさんいるし、死んじゃうのは避けられてもつけてないと下半身不随になったりするからね。」

 お店を一周回って、たくさん買い物をした。お父さんは「安全をケチっちゃダメだから、今回だけだよ」と今まで見たことがない額のお小遣いをはずんでくれた。レジで支払うとき、私はライダーの装備はこれくらいするものなのかとびくびくしながら支払ったけど、すばるもこんな大金どこから湧いてきたんだろうというような、びっくりした顔をしていた。

 お店の外のテラスで一休みした。よく晴れた休日で、駐車場にはいろんなバイクに乗った人たちがいた。

 「これであかりもバイク乗りの仲間入りだね。」

すばるは微笑みながら言った。

「たくさん買っちゃって、お小遣いが蒸発しちゃったんじゃない?」

「うん、だけどお父さんが仕方ないから、って足りない分は出してくれたの。試験も頑張ったしねって。」

「お父さん……、ね。」

すばるはコーヒーをすすった。そういえば私もお父さんのことしかしゃべってないけど、すばるちゃんの家族はどうなっているんだろう。知りたくなった。だけど黙り込んでいるすばるの様子を見ていると、あまり深く突っ込まないほうがよい話題なのかもと思った。

 少し話題に困ったので、ほかのグループの話題に聞き耳を立ててみた。ツーリングの話。信楽高原。鈴鹿スカイライン。宇治川。本当にたくさんの地名が出ている。

 「これからツーリングシーズンだね。」

すばるのほうから話を切り出してきた。すばるも周りの会話を聞いていたのだろう。私は答えた。

「そうだね。」

すばるは笑顔になって言った。

「これから、たくさん、いろんなところに行こうね。」

私は、元気よく「うん!」と即答した。

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