50.デートもそろそろ終わりなのだが


 今日のデートもそろそろ終わりだ。

 名残惜しいとは思うが、時間は無常にも過ぎ去ってゆく。


 僕たちはベンチに座った。

 肩が触れそうな距離。心の距離だって少しは近づいたのかな。


「片倉さん、今日一日どうでしたか?」


 九条さんは僅かにとは言え、不安そうに僕に問いかけた。


 答えは一つだけ。


「楽しかったよ」


 僕は本心を告げる。


「そうですか。それはよかった」


 ホッとしたような表情を浮かべる九条さん。


 その姿に僕は目を奪われる。

 ああ、そうか。僕はここで悟った。


 ––––––どうやら、僕は九条さんに惚れてしまったらしい。


 すぐ隣に好きな人が座っている。腕を伸ばせば、回せるぐらいの距離。

 僕の意思とは関係なしに鼓動が高鳴る。

 突然に彼女の華奢な体躯を抱きしめたくなってしまう。


 ……だけど、今の僕にはできない。僕はやってはいけない。


 なぜなら––––––


「––––––僕たちの関係はあくまで偽装フェイクだもんね」


 ポツリとそんなセリフが口から零れ落ちた。


 九条さんは一瞬、真顔になり、その後、意地悪そうな笑みを浮かべながら聞いた。


「それじゃあ、実際に付き合っちゃいます?」


 本気なのか、それとも冗談なのか、生憎にも、僕にはわからない。


「九条さんがどうしても、って言うなら、付き合ってやらない事もないかな」

「むう」


 九条さんは唸った。

 どうやら、僕も彼女も素直ではないらしい。


「まあ、少なくとも1学期中はこの関係が続くんだし、それは夏休みに決めようよ」


 僕はそう言った。


 九条さんは僕の手に手を重ねた。彼女の温かさが僕の手を包み込む。


「––––––片倉さんはこの関係を続けたいですか?」


 不安気に呟く九条さん。


 おそらく、彼女は僕に対して好意的な感情を持っているのだろう。少なくともこの関係の終わりを恐れるぐらいには。

 だけど、僕はその言葉を聞いてはいけない。


 だから、僕は聞かなかった事にした。


「ん? なんか言った?」

「……君の鈍感」


 鈍感か。否定はできないかもしれない。


 ん?


 思わず熱くなってしまった顔を隠す様に互いに背ける。


 僕は背中越しに言った。


「もし気に触ったなら謝るよ、九条さん」


 すねる九条さん。

 いや、理由には心当たりがある。


 九条さんはこっちに振り向き、自身の手をギュッと握りながら、聞いた。


「ねえ、弥代君。……その、私を、名前で呼んでくれませんか?」


 ウルウルとした目で見つめる九条さん。


 当然ながら、こんな顔をされたら断れない。

 それに、名前で呼ぶだけだ。


「了解した。それじゃあ、これからよろしくね、咲奈」


 これが今の僕にできる精一杯の意思表示。


 九条さん、いや、咲奈はそれを受けて満足そうに微笑んだ。


 僕たちはまだ本当の恋人じゃない。

 それでも、こうした時間を楽しむぐらいは許して欲しい。



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階段で他クラスの美少女を庇ったのだが 日向 照 @dragoner

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