47.映画を見終わったのだが
映画館の大画面にスタッフロールが流れる。
それを見て、ようやく終わったか、と僕はホッとした。
いや、別にホラーが怖かったわけではない。ゾンビもリアルだったし、血飛沫もなかなかリアルだったし、飛び出ていた内臓とかもグロい、よくできたホラー映画だったと思うが、こんなモノでは、僕の恐怖は煽れない。
周りからもちょくちょく悲鳴が聞こえて来るような映画ではあったが、僕の恐怖を煽るにはまだまだ物足りない。
ただ……、と僕は隣の席で魂を何処かに飛ばしている九条さんを見た。
九条さんがここまで耐性がなかっただなんて知らなかった。初めて、だと言ってはいたけど。
口元からは何か聞き取れない不吉そうな、それでいて聞き取れない言葉が漂っている。
この人、血飛沫が飛び散る度に、悲鳴をあげながら僕の右手に抱きついてきたんだよ。
毎回毎回急に引っ張られるもんだから、右肩を
始めは抱きつかれる度にドキドキしていたんだけど、もうイタイイタイ。
まあ、意外な一面が見れてちょっと満足できた。慰謝料としては充分である。
魂が戻ってきたらしい九条さんが焦点の合わない瞳で僕を見つめながら、なんとか日本語として聞き取れるレベルに不明瞭な声で呟く。
「……片倉さん、私の事はいいので、今日のデートを楽しんでね?」
「誰がデートプラン立ててるんだよ」
だけど、九条さん、マジでガクガクしてる。
「動ける?」
「いえ、……残念ですが、腰が抜けて立ち上がれません」
僕は溜息を吐いて、九条さんをお姫様抱っこした。
「ちょ、何するんですか!」
「……それはこの映画を見ようと思った九条さんに言ってあげたい」
僕は呟く。
「ともかく、デートプラン立てたのは九条さんなんだから、頑張ってくれないと何もできない。僕としてもデートは楽しみにしているんだから」
「そうですね。それじゃあ、このまま映画館を出て3階に降りましょう!」
九条さんは弾けるような笑顔で言った。
「……もしかして、このままで?」
九条さんは笑顔のまま固まった。
「すみません。一度、ここを出たところにある椅子におろしてください」
「かしこまりました、お嬢様」
僕は九条さんをお姫様抱っこしたまま、とりあえず映画館から出た。
黄色い歓声だの怨嗟の声だの聞こえてくる気がするけど、生憎、構っている暇はない。
僕はそのまま歩いて、椅子に九条さんを置いた。
「なんか買ってこようか?」と僕が聞くと、九条さんは震える手で僕の袖を握りながら、「離れないでください」と呟いた。
今のこの人、無意識なんだろうけど、物凄く保護欲を掻き立ててくる。
「わかった」
僕も九条さんの座っている椅子に座り、震える彼女の手をそっと握った。
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