46.映画を見るらしいのだが


「それで映画館はどこにあるんだ?」

「このエスカレーターで4階です。ここが3階だから、ちょうどこの先ですね」

「なるほど」


 そこで会話が止まる。


 ……。


 エスカレーターが僅かな音を立てながら、僕らを映画館へと誘う。


「片倉さん、そろそろですよ」


 九条さんがワクワクしたように言う。


 うん、前を見ればわかる。


 実は僕は映画館に行った事は一度もない。映画は大体レンタルしている。

 後は、本当はいけないんだけど、玲亜が違法サイトから捕まえてくるのを見る事もある。


 も、もちろん、毎回抵抗はしているからな?


 ……

 ………

 …………


 ともかく、映画館のフロアと言うのだろうか、エスカレーターの先には空間が広がっている。黄色の強い落ち着いた照明がそこを照らしていた。


 周りを見渡すとその空間を囲うようにチケット販売機、売店、入り口などが並んでおり、天井からは、おそらくはここで放映するであろう、映画の広告が垂れていた。

 あ、ゾンビみたいなのもある。僕たちはアレを見るのかな。


 それと、ポツポツと人がいた。

 映画の上映って満室が当然、みたいなイメージがあったから、思ったより少なくて軽く驚いた。


「片倉さん、初めて映画を見に来た子供みたいですね」


 九条さんが微笑みながら言う。


「まあ、初めて映画を見に来たのは事実だからな」

「それじゃあ、戦場へ行きましょう」


 九条さんは笑顔を浮かべながら僕の腕を組む。


 だけど……。


「九条さん、九条さん」

「何でしょうか?」

「腕、震えてまっせ」


 もしかして、ここまで来て怖気付いちゃった?


「……正直、怖いですけど、片倉さんがエスコートしてくれたらなあ、なんて」


 少し涙目な笑顔で九条さんは答えた。

 あざとい。

 演技なのか、本心なのか、僕には判断はつかない。


「とりあえずチケットを出してくれ。じゃないと連れて生きようがなくなっちゃうから」

「そ、そうですね」


 九条さんは震える手で、肩にかけているポーチから二枚のチケットを取り出そうとする。

 が、握力が入らないようで掴まない。


「……九条さん?」

「あとちょっと、ちょっとですから!」


 僕は溜息を吐いて、九条さんの手に自分の手を重ねた。


「ふぇ⁉︎」


 そして、指の隙間に指を入れ、チケットを取り出した。


 九条さんは顔を俯けながら、手を僕の手から離す。


「それじゃあ、行くか?」


 僕が聞くと、九条さんは黙って右手を差し出す。

 僕はその手を迷わず握った。


「もし、私がお嫁さんに行けなくなったら、……片倉さんがもらってくださいね?」


 辿々しく聞く、九条さん。


 だけど、僕だって好きな人はいるんだよな。


「ここで何かをやらかしたところで嫁の貰い手はどうさ、わんさかいると思うから、そんな気にするなよ」


 そう言う話じゃないのに……、と九条さんが呟いていた事には生憎気づかなかった。



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