43.知り合いと会ったのだが


 本の区切りがついた俺は一度顔を上げた。


 軽く見渡す。

 九条さんは……まだ来ていないみたいだ。


 時計を見ると、時間は10:40分。集合が11:00だから、まだ20分ある。

 そりゃあ、まだいないか。


 ……もう少し、来るのを遅くした方がよかったかな、と少し後悔したけど、それで僕が遅刻してしまったら笑えない。


 もしかして、このままずっと来ないのでは……?

 そんな不安が一瞬頭の中に浮かんできたけど、そんなはずはないと、頭から追放する。


「あら、夫婦漫才芸人の片割れじゃない」


 誰だよ、それ、と思って顔を上げたら、知り合いがいた。


「ああ、南條なんじょうか。こんなところで会うなんて奇遇だね」


 南條 雪乃ゆきのは中学の頃の知り合い、いわゆる、同中おなちゅうである。

 とりわけ仲が良いわけではないが、とりわけ仲が悪いわけでもない、ただのクラスメイト。

 席が近くだった頃に軽く話したり、数学の問題の解き方を教えたりしたぐらいだ。


 どうやら、南條は友達と来たみたい。

 僕の知らない女子がこちらへ走ってきた。


「あれ〜、ユキノっち、彼氏いたの〜?」


 そのウチの一人が意地悪く聞く。


「ただの知り合いだし。そもそもコイツは夫婦漫才芸人の片割れだし。早く楓ちゃんと結婚しろし」


 なんか急に矛先が向けられたんだけど。


「意味がわからない。……楓とはそもそも付き合ってすらいないのに」


 楓は幼馴染だ。確かに他の女子と比べると格段と距離は近かった。だけど、もう近すぎて逆に女子だと思えなくなってしまった。


「はあ。だから、アンタらはなのよ」


 なんか溜息を吐かれたんですけど。


「そういえば、僕によく気付いたね。教室だと、マスクつけてたでしょ?」


 僕は感心したように言った。


「アンタ、鈍感みたいね。確かに始めの一瞬は別人かと思ったけど、片倉が隠れイケメンだってのは、女子のほとんどは知ってるわよ? 実はお人好しだったし、ホントにモテてたもん。楓ちゃんがいたから、みんな諦めてたけど」

「……それで、夫婦漫才芸人か」


 すると、さっきまで黙っていた南條の友達らしき女子が言った。


「どーよ、試しにあーしと付き合ってみない?」


 いや、急すぎるだろ。

 告白回数が増えた。もしかしてモテ期に入った?

 いや、さっきの南條いわく、元々モテてたみたいだが。


「ごめんね。僕、彼女がいるから」


 ショックを受けたような女子集団。意味がわからない。


「……楓ちゃんだよね?」


 南條が恐る恐ると言ったように聞く。


 そんなわけないじゃん。


「いや、高校で知り合った娘だよ」


 南條は驚いたらしい。


「嘘でしょ? 嫁芸人を独り身にさせちゃうの?」


 嫁芸人って……。


 アイツは何気に顔もスタイルもいいし、彼氏だって作ろうと思えば、作れるだろう。


「そういえば、夫芸人、口調とか雰囲気とか変わったわね」


 僕口調は確かに中学では使ってなかったね。


「そりゃあ、彼女に『こっちの方が素敵です』って言われたらさ、変えるしかないじゃん……」


「きゃー」


 黄色い歓声。


「……嘘でしょ? 夫芸人がデレるの初めて見たわよ。それが嫁芸人じゃない、ってビックリ」

「……う、うっせー」


 僕はそっぽを向きながら、呟いた。



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