40.保健室にいるのだが


 俺は少女と保健室にいた。


 サラサラと流れる黒髪。雪のように白く滑らかな肌とのグラデーションが美しい。

 瞼から伸びる睫毛が曲線を描く。今は閉じられているが、その奥には紅い宝石の瞳が讃えられている。

 布団の下には芸術品のようであり、それでいて華奢な身体が横たえてある。


「……九条」


 俺はベッドで眠る九条さんにふと語りかけた。


 確かに後悔はある。この件は俺が招いた事だ。


 だけど、

 だけど––––––


 ––––––梶の方が悪いと思う。


 そりゃあ、俺だって悪いとは思ってるよ!

 そこまで好きでもないにしろ、気兼ねなく話せる異性から褒め言葉の弾丸を食らったら、それは恥ずかしい。

 まずアイツにそんな異性はほとんどいなかったはずだから、耐性もついてないだろうし。


 だけど、それを促したのは梶だぞ!


 ……それに、九条も俺に対して朝に同じ事をしようとしていた。それを忘れた、とは言わせない。


 そういえば、そっちも梶の差し金だったな。ヤツは何者なのだ。


 心の中で言い訳と現実逃避を行なっている俺をよそに九条が目を開けた。


「片倉、さん……? なぜここに?」

「九条! 起きたのか!」


 俺は、思わず椅子から立ち上がり、叫んでしまった。


 そのまま足を引きずるように九条の元に向かい––––––


 ––––––抱きしめるかと、思ったか?


 残念ながら、我々はこれでも付き合ってないのだ。

 申し訳ないとも思うが、知らない少年と両想いな九条の邪魔をできるほど九条の事かも好きではない。

 九条も、その相手も、ついでに俺も、幸せになれない。


 なぜだか頬を膨らませる九条。

 リスさんみたい! 可愛い!


 ……冗談はともかく。俺の前だとこの表情をよく見せるんだよな、九条は。


 俺はコホンと咳をした。


「ともかく、記憶はあるか?」


 俺がそう聞くと、九条は思い出そうとしているのか、上を向く。

 そして、顔を赤く染めながら、ポツリと呟いた。


「……この処女殺し」


 やっぱり語弊がある気がする。


 まあ、ウブな少女の敵になりかけている事は否定しない。

 たぶん、顔がそこそこいい、って言うのも、原因としてはあるんだろうな。


 ただ純情を弄ぶ気はない。

 九条は外面上、俺の恋人という立場にあるから、仕方がないのさ。


「聞きたい事、言いたい事はたくさんありますけど……、今は保留にしておきます」


 お、おう……。


「そういえば、なんの用事があったんだ?」

「用事、ですか?」

「いや、LONEで言ってたじゃん」

「ああ、それですか」


 九条は左の掌を右の拳骨で叩く仕草をする。

 そして、素敵な笑顔を浮かべて言った。


「––––––来週の土曜日、デートをしましょう」



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