39.惚気話なのだが


 そして、放課後。

 また九条からLONEが来た。

 場所は昨日と同じ所だ。


「弥代はいいよな、あんな可愛い彼女がいて」


 梶が心底羨ましそうに言う。


 ただ、


「そのセリフ、お前の彼女に教えてやろうか?」


 そう、この梶君、実は彼女持ちらしい。

 彼女さんはこの高校ではなく、女子校に通ってる。ただ幸いにも(俺の話じゃないからこの言い方は違和感だけど)最寄駅は同じらしい。


 全て梶の話だから嘘の可能性もあるけど、コイツもなかなかイケメンなので、彼女の一人や二人はいてもおかしくはないと思う。


「どうやって?」


 俺は会心の笑みを浮かべながら言う。


「妹にスマホをハッキングさせてメッセージを送る」


「お巡りさーーーん!」


 梶が叫んだ。

 まあ、それが当然の反応か。


「まあ、冗談だ」

「いや、そりゃ、そうだろうけど。……片倉の妹って、ひょっとしてハッカーなのか?」

「まあ、そんな感じ。当然だけど、ブラックもブラックよりのグレーもした事はないぞ?」


 梶は憐れむように言う。


「お前は可愛い妹を冗談でも少年院に連れて行く気だったのか」

「その場合は俺も主犯格でハッピーセットだな。それを言えば、むしろ喜んでハッキングしそうだ」

「……ドン引きだな」

「ああ、正直言うと俺も」


 流石に甘やかしすぎたよ。


 ああ、玲亜に反抗期が来てほしい。


 世の中の親や兄どもに冷たい目で見られそうな事を言っているという自覚はある。

 ただ、俺はシスコンではないのだ。

 正直、恋愛対象じゃないのに、ここまで甘やかしていると、本人にも将来の婿君にも申し訳ない気分になる。


 まあ、辛いと言うわけではないんだけど。


「で、ともかく、咲奈ちゃんの話だよ」

「九条の? 何を話せばいいんだ?」

「咲奈ちゃんの好きな所」

「……お前は惚気話が聞きたいのか?」

「大丈夫。こんな事もあろうかと、ブラックコーヒーとビターチョコを買ってきた」


 手際がいいと言うか、なんと言うか……。


「それじゃあ、頼む」


 頼む、と言われてもな……、と思いながらもしぶしぶ言い始める。


「一つ、笑顔が可愛い」

「一つ、意外とドジっ娘」

「一つ、意外と照れ屋」

「一つ、意外と人間味がある」

「一つ、それを俺だけに見せてくれる」

「一つ––––––


(省略)


「––––––一つ」


「––––––わかった、俺が悪かったから!」


 梶からのストップ宣言を聞いてベタ褒め時間を終えた。

 何個挙げたかな、百個ぐらいか?


「一週間も経ってないのに、なんでそんなにぽんぽん出てくるんだよ……。全く、コーヒーもチョコも無くなったじゃねえか……」


 惚気話ってそんなにsweetなのか?

 確か、あのチョコ、カカオ80%だったはずなんだけど……。


「それを真顔で言い放てるのが凄いよな」

「だって、本人がいるわけでもないのに」

「いるじゃん、そこ」

「は?」


 俺は目を見開く。

 梶が指を差した先で茹で蛸になった九条がヘナヘナと廊下に座り込んでいた。


「ああ、……その、九条さん?」


 俺の顔も熱くなってきた。


「責任を持って保健室に運んでやれ」


 梶が溜息を吐きながら言う。


 おい、誰のせいだと思ってやがる。



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