37.高級弁当なのだが


「そういえば、弥代さん。昼食、渡していませんでしたね」

「そういえば、そうだったね」


 いや、食べる気なかったわけじゃないんだけど、色々ありすぎて頭が回らなかった。


 九条さんはたぶん紙でできているでたろう弁当箱を二つ取り出した。

 僕にはよくわからないけど、何かマークみたいなのが書いてある。


 手作りじゃないみたいだ……。


 ちょぴっとだけガッカリした事に僕自身が一番驚いた。


「はい、どうぞ」

「……うん、ありがとう」

「弥代。素直になった方がいいのでは?」

「うるさい」


 とりあえず、弁当箱を開けてみた。


 ––––––え?


 まさかのひつまぶしだった。


 ……これ、おいくら万円?


 思わず九条さんを見ると、笑顔で言った。


「美味しいですよ?」


 いや、そうじゃなくて。

 いや、そうだろうけど、そうじゃなくて。


「あ、大丈夫ですよ。私は片倉さんの弁当の方が美味しいと思いますから」


 なわけないでしょ。

 別にそんなフォローしなくていいよ。

 ちょっと嬉しいけど、微妙に話がズレている。


 とりあえず。


「「いただきます」」


 恐る恐るうなぎを箸にとって食べる。


 おいしい。鰻そのもののおいしさをタレが引き出している。鰻だけじゃなくてご飯にも合うんだよ、このタレ。

 さすがは高級弁当である。


「咲奈、片倉君に作ってあげなかったのか?」


 九条さんのお兄さんが聞く。

 すると、顔を赤らめながら答えた。


「だって、……私自身の料理じゃ、追いつけませんので」

「……ありがと」


 僕まで照れちゃうじゃないか。


「それはそうだろう。私が手取り足取り教えたのだから」


 ドヤ顔で言うお姉ちゃん。


 その瞬間、九条さんとお兄さんから凄まじいオーラが発せられた。

 笑顔を浮かべながら、こっちを見る。

 ただ目だけは笑っていなかった。


 こういうところは兄妹なんだな……。


 ヤバイ。チンピラの威圧にも一切動じなかった心臓が早鐘を打っている。


 しかし、お姉ちゃんは全くいつも通りの口調で言った。


「気にするな、衛流、咲奈。正直、コイツは弟だ。男としては見れん」


 あーはいはい。お姉ちゃんには僕がどれだけ女子みたいに見えるんですか。

 僕からしても、お姉ちゃんは女らしさゼロだったけどさ。


 生徒会室内の緊張感が緩んだ。


 なるほど、やっぱりお姉ちゃんって凄いなぁ。


 思わず口に出る。


「……お姉ちゃん、愛されているね」

「自慢の旦那様だからな」

「正直、お姉ちゃんの馴れ初めにちょっと興味が出てきた」

「私もです。いいネタになりそう」


 ネタってなんだよ、小説でも書いているのか?


「……『文武両道な生徒副会長を務めておりますが生徒会長に溺愛されています』」


 ぽい題名が九条の口から出てきた。

 もしかしたら、本当に書いているのかもね。

 ともかく。


「あれ? 九条も知らないの?」

「はい、実は聞いた事なくて……」


 へえ、二人だけの秘密的な?


 僕は鰻を口の中に入れた。



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