35.襲撃されたのだが


 そして、生徒会室前。


「片倉さん、今日はがおりますので、そのつもりで」


 先客、ねぇ……。

 愛の巣とは一体。


 まあ、生徒会役員とかなら、ここで食べていてもおかしくないか。


「わかった」


 ノックをして扉を開けて中に入る。


 ふと、左に気配を感じた。

 普通の気配ではない。潜むような、身を隠そうとするような気配。

 できる奴が潜んでいるようだ。


 と同時に急に拳が僕の脇腹に迫ってくる。


 拳を握って止める、というマンガっぽい事をするには、相手の動きが速すぎる、と判断したため、左の前腕で拳をいなした。

 まあ、握って止めるだなんて効率悪すぎるし、元々やる気はないんだけどね。


 接触した相手の腕に無駄な力みはなく、速かった。

 いつぞやのチンピラと違って洗練されているようだ。


 僕の視界の奥、相手が右脚を下げるのが見えた。

 迷っている暇はない。

 左腕にさきの拳を絡めて脇腹に添え、受け身を取れるようにする。

 それと同時に右手を握り、腹に打ち込む。


 人間の身体の構造上、蹴るよりも殴る方が動作が小さく速く済む。

 それを利用して、蹴りの動作中にパンチで邪魔をする事で、相手の蹴りの威力を多少落とすのが、僕の狙いだ。

「攻撃こそ最大の防御」とはよく言ったものである。


 しかし、その拳が届く事はなかった。

 僕の拳を相手が掌で受け止めたからだ。


 蹴りは––––––


 来なかった。


「片倉さん、怪我はありませんか⁉︎」


 九条さんが慌てたように言う。


「いや、肘下がちょっと痛むけど、別に気にするほどの事じゃないよ」

「ほう、私の拳、それも不意打ちを流すとはな」


 俺は喋りかけてきた襲撃者の方を油断なく見た。


 相手は挨拶前に殴って来る人だ。

 警戒はしておくに越した事はない。


 今更だけど、襲撃者は女子だった。たぶん3年生だと思うんだけど、めちゃくちゃ美女である。

 こんな人は知らないはずなのだが、なぜか見覚えがある。


「昔、乱暴な姉がいたので、よくサンドバッグにされていたんですよ。そのうち、自然と護身術になる程度に上達したって感じです」


「……ん? 昔、姉がいた?」


 なぜだか反応する襲撃者。


「もしや、その姉の名前は、かなめ、だったりしないかな?」


 え?


「あってますけど……」

「……弥代?」


 あれ、なんで僕の名前を?


「……誰が乱暴だって?」


 嘘でしょ、お姉ちゃんなの⁈


 少し信じられない気分だけど、紹介しよう。


 この人は春日かすが かなめ。

 引っ越す前の知り合いで実際、僕の姉のような人だ。

 詳しく話していると昼食時間が終わってしまいそうなので、話せる時に話そうと思う。


 さきの戦闘(?)で証明されたようにめちゃくちゃ武闘派であり、さっきも言ったが、引っ越す前の僕は彼女のサンドバッグにされていた。


 料理や家事も得意な人で、簡単に言うなら、僕の上位互換。僕のできる事は大体できる人だ。

 もともとこの人にスキルを叩き込まれたわけだし。


「弥代、なぜ挨拶しに来なかったのか?」

「いや、お姉ちゃんがここにいるだなんて知らなくてさ」

「え? 二人、知り合いなんですか?」

「いいえ、知らない人です」


 僕は即答する。正直、お姉ちゃんは苦手だ。


「そんな事を言わないでくれ。同じ風呂に入った仲だろう?」

「幼稚園の頃の話はいいから」

「それにしてもだいぶ男らしくなったな、弥代」

「……お姉ちゃん、それはやめてほしい」


 最近は克服できたとは言え、トラウマなんだよ?

 女子っぽい顔つき。


 ……やっぱりこの人は苦手だ。



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