30.絡まれたのだが
俺は5組から廊下に出た。
後ろから10人ぐらいの人間が俺に着いてくるのがわかった。
あ、絡まれるんだな、俺。なんとなく悟ってしまったよ。
ほら、みんなで俺を囲んでるじゃん。
俺には足音で男女を見分ける能力はないので、俺を囲む集団の中に女子も何人か混じっているのを見て少し驚いた。
とりあえず、用事を聞いてみよう。まあ、予想は何となくできてるんだけどさ。
「で、そんな人数で何の御用かな?」
「俺たちの天使様に手を出した男に制裁を加えるだけだ」
それを聞いた俺はマジでイラついた。
それはもう本当にイラついた。
「……正直に言おう。さっきの発言に2箇所、不愉快な点がある」
「「は?」」
相手集はこの人数で威圧しようとしていたようで、俺が流れに逆らった事に驚いているようだ。
ただ、その程度ではネズミの群れが精一杯に虚勢を張ってネコを追い払おうとしているぐらいにしか思えない。
「一つ、誰が『俺たちの』だ」
「……咲奈ちゃんは俺たち5組のアイドルなんだ」
勇気を出したらしい男子の一人が言った。
「それを言い始めたのは誰だ? 九条さん自身じゃないだろ? 九条さんがそれを頼んだのか? なわけないだろ? あの娘はお前たちのモノでも、まあ、当然だけど、俺のモノでもない。九条さんは九条さん自身のモノだろ。それを偉そうに『俺たちの』だなんて言うんじゃない。それであの娘がどんな気持ちになるか、考えた事あるか?」
「……」
一度本音で話したからわかる。あの娘は普通の女子だった。
それが顔が良かっただけで、アイドルだ、天使だ、と祭り上げられている。
さらに運の悪い事に九条には淑やかな仮面があった。偽りの笑顔がトッピングされ、心にもない綺麗事が口から飛び出した。
それが彼女の評価をさらに上げてしまう。
こうなると、もう本音を語れない。
ま、想像ですけど。
九条さんが俺を偽装彼氏に選んだ理由がようやくわかった。
階段で庇った、だとか、ナンパから助けた、だとかそんな理由じゃなくて、俺は九条さんに対して崇めたりせず、軽い態度で接していたからだ。アイツは普通になりたかったんだろう。
「二つ、手を出した、と言ったが、それなら、なんでさっきの男には何もしなかったんだ」
「お前といる時の咲奈ちゃんが楽しそうにしていたからだ」
「嫌われる事を恐れて前に進まない癖して、自分より近い位置にいるヤツに嫉妬するのか」
「……」
「くだらないな。……HRもそろそろ始まるから、俺は帰る」
ある女子がポツリと呟いた。
「……アンタは咲奈ちゃんとは釣り合わない。だから、諦めなさい。咲奈ちゃんとは釣り合わなくても、……その、あたしに対してならギリギリのラインにいるから」
……この女は何を言っているんだ?
新手の告白か? だが、この集団に混じっている時点で、もうオッケーするはずがない。
つーか、殺気が俺に向けられる。理不尽だ。
「逆に聞くが、釣り合わないといけないのか? 俺に言わせて貰えば、その発言は気にするほどのモノでもないし、どうでもいいんだけど。……あのさ、恋愛は二人の問題だろ? 外からの勝手な評価に左右されるようなモンではないと思う。……俺も遅刻したくないからそろそろ帰るぞ」
俺がそう言い放つと集団は黙って道を開けた。
ただ、その瞳は語っていた。
顔が良いからって調子に乗っているんじゃねえぞ、と。
うるさい。九条さんを顔でしか見ていないお前らがそれを言うな。
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